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平和な日常~冬~

そんなその夜の近衛邸では、久しぶりに賑やかな声が響いていた。

そこは麻帆良学園の学園長に相応しいような立派な屋敷なのだが、残念ながら賑やかになるのは木乃香や穂乃香が来た時くらいなのだ。

日頃から来客はそれなりに来るが、流石に騒ぐような客は居るはずがない。

まあ近右衛門の数少ないプライベートでの楽しみは、年に数えるほどしか会えない娘と孫と一緒にこうして食卓を囲むことだとも言える。

この瞬間だけは煩わしい問題を全て忘れて一人の老人に戻れる時であった。

それぞれの近況を語り一緒にたわいもない話をしては笑ったりして、話題は尽きることなく楽しい時間は過ぎていく。


「そうそう、おじいちゃん最近仕事のし過ぎなんや。 お休みもあんまり取ってへんみたいやし、お母様からも何とか言うてや」

そのままお互いの近況なんかを話していく三人だが、木乃香はふと近右衛門の最近の仕事や食生活に関する心配事を母に報告して注意してもらおうとしていた。

実は以前の木乃香は近右衛門の勤務状況をあまり知らなかったが、現在は横島の店に行く時間などでおおよその見当がついてしまうのだ。

基本的に近右衛門が店に行くのは木乃香達が帰った後が多いので、必然的に遅い時間まで仕事をしてるのを知ってしまったようである。

加えて最近は夕映とのどかが何かと情報を集めるのに慣れていて、二人が心配する木乃香の為に近右衛門の表向きのスケジュールを調べたらしいが、その忙しさに木乃香が余計心配してるなんて事情もあった。


「お父様も分かってらっしゃるわよ。 ねえ、お父様」

「うむ、心配かけて済まない」

何も知らないはずの木乃香が表向きの情報とはいえ意外と近右衛門の忙しさを知ってることに近右衛門自身は素直に驚いていたが、一方で穂乃香は直接的な言い回しをせずにやんわりと注意をする。

この辺りは流石に名家の令嬢として育った穂乃香は上品であった。


「分かってても出来なきゃダメなんや。 おじいちゃんは出来るん?」

忙しさの原因を知る穂乃香は木乃香を宥めつつやんわりと注意する程度に留めるが、木乃香は逆に分かってても出来なきゃダメだとはっきりと言い切り更に近右衛門に出来るのかと問いただしてしまう。

一方の近右衛門と穂乃香はそんな木乃香をいつの間にかしっかりしたなと改めて感心するが、実のところ木乃香は分かっても出来ない見本のような人間が身近に居るので余計にそう思うらしい。


「木乃香や、ワシも分かってはいるんじゃよ」

結局少し困ったような近右衛門は木乃香の顔を見て、分かってはいると再度答えるしか出来なかった。

木乃香の意見は決して間違いではなくどちらかと言えば理想的な意見だ。

しかし現実の厳しさと難しさをまだ知らないのだと近右衛門は思う。

自分の身を案じてくれる孫娘の優しさに涙が出そうになるが、そんな孫娘の未来の為にも近右衛門がここで引く訳にはいかなかった。


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