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平和な日常~冬~

「基本的な考え方が違うんっすよ。 うちは料理に合わせた素材を使うんじゃなくて、素材に合わせて料理を作ってますから」

両店のスイーツを比較しながら考察していく一同だったが、明らかになっていくのはやはり基本的な考えから全く違うという事実だった。

新堂の場合はスイーツに合わせて素材を選ぶが、横島は素材に合わせてスイーツを作る。

この似て非なる基礎がある意味では一番大きな違いになっていた。

ただこれに関しては別にどちらかが上でどちらかが下という訳ではなく、それぞれの店の状況や料理人の考え方一つである。

極論を言えばいい素材を使った方が味も品質も高いレベルで安定するのは確かだが、客層や客の求めるニーズによっても変わっていく。

横島の場合は味の質は維持しているが、反面で個々のスイーツの味そのものは素材によって変化するのはよくあることだった。

まあ横島の店の場合は日頃から好き勝手に料理してるのでスイーツの味が素材によって多少変化しても受け入れてもらえるからいいが、高級スイーツを売りにしてる新堂の店では味の変化はあまり好まれないのが実情である。


「素材に合わせてって……」

「それを毎日やるのにどれだけ苦労するのやら……」

そんな基本的な考え方の違いを語る横島だったが、新堂のスタッフ達は何とも言えない表情をしてお互い顔を見合わせてしまう。

理想と言えば理想の一つであるのは理解するが、素材に合わせて料理するのは当然簡単ではない。

一定のレベルでしかも販売する数を毎日揃えてそれをやれるパティシエが、どれだけ居るだろうと考えると言葉が続かなかった。

まして新堂の店ではマホラカフェのスイーツで三度ほど試食会をしたが、その評価はやはり高かったのだ。

店の距離も近くないし客層や営業形態が違うので一概に比較は出来ないが、横島のレベルで日々変わる素材を上手く調理するのは並の実力では不可能である。


「近衛さんの大会での実力が偶然じゃないのが分かるわね」

言葉が出ないほど驚くスタッフを新堂は楽しそうに見つめていたが、同時に料理大会での木乃香の実力が決してまぐれではないと新堂自身も改めて感じた。

木乃香の基礎技術やレパートリーは大会出場者の中では必ずしも優れてた訳ではない。

そんな木乃香の躍進の秘密は、素材に合わせたスイーツを作る横島譲りの柔軟性だったと言っても過言ではないのだ。


「そうなんですか?」

「素材を生かすのは基本中の基本だけど、だからこそ難しいのよ。 まして仕事として毎日作るなんて特にね」

プロと言えば横島しか知らない木乃香は新堂やスタッフ達の微妙な反応で、横島が普通じゃなかったんだと改めて理解していた。

まあ今までの横島からすると逆に普通だった方が木乃香は驚くかも知れないが、基本的に横島は日々の料理を楽しんでいたしそれは木乃香も同じである。

スイーツにしてもその日仕入れた物に合わせて当然のように作っていたし、素材によって味が変わっても毎日当たり前のように美味しく完成させていた。

例え定番の苺のショートケーキでもその日の苺によって微妙に味わいが変わるのは、横島のスイーツの人気の秘訣とも言える。

そしてそれは横島に習ってる木乃香も同様であり、素材に合わせた作り方を学んでいた。

実は木乃香としては自分ですら出来るからプロはみんな出来ると考えていたが、そんなに頻繁に食材を変えてるのは普通はしないと言われるとやっぱり横島は普通じゃないと妙に納得してしまった。

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