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平和な日常~秋~3

その夜伸二は一人で休業中の店に来ていた。

営業再開まで残り数日となったが、はっきり言えば伸二には店を営業する自信がない。

元々料理が好きな訳でも店を継ごうとした訳でもなく、寂しそうに店を閉めると言った母親を見てられなくなり退院するまで自分が店を続けるから早くよくなってくれと言ったに過ぎないのだ。

以前ファミレスの厨房に居た経験もあり、料理本でも見れば食堂程度の料理はすぐに作れるだろうと考えたのが失敗の始まりだった。


「どっちかと言えば好きじゃなかったんだよな」

静まり返った店内でぽつりと呟く伸二はかつて母親が店を営業していた頃を思い出すが、正直あまりいい思い出ではないと今でもシミジミと思う。

父親を早くに亡くし女手一つで育ててくれた母には感謝しているが、朝から晩まで食堂に掛かりっきりだった母とは一緒に食事をしたことすら多くない。

大人になれば仕方なかったことが分かるが、だからと言って過去がいい思い出に変わるはずもなかった。


「気付いた時には手遅れだったなんて、今時三流ドラマでも流行らないよ」

見よう見真似で母親の代理として店を開店した当初は、常連には頑張れと声をかけてくれる人も居たし割と順調だった。

それが一人また一人と客が来なくなり、気付いた時には手遅れだったのである。

自分なりに勉強して味を変えたりメニューを増やしたりしてみたものの、結果は結び付かずに客足は一向に回復しない。

途中で見るに見兼ねた妹の久美が手伝いを始めてくれたが、現状を打破するほどでもなく時間ばかりが過ぎて行った。


「やっぱりこういうのって経験者に聞く方が一番じゃないですか? ここからだとちょっと遠いけどいい店知ってますよ。 少なくとも相談には乗ってくれると思います」

そのまま状況は一向に改善の兆しはなく、貯金を赤字の補填に使い残りの残高を見て焦りと不安でどうしようもなかった頃、妹の久美が連れて来た友人が話した一言が今思えば一つのターニングポイントだったのかもしれないと伸二は思う。

とても料理が上手く占いや人生相談まで乗ってくれる面白いマスターがやってる喫茶店がある。

最初に伸二が聞いたのはその程度の話であり、本当に藁にも縋るような思いだった。


それからは怒涛のような日々が続いた。

驚きや戸惑いの連続だったし、覚えることの多さに睡眠時間を削って勉強したことも何年ぶりだったか分からない。


「一切怒られないのもそれはそれで怖いものなんだな」

この約一ヶ月の指導で横島は怒るどころか声を荒げることすらなかったが、伸二にはその優しさが逆に怖かった。

そもそも全ては横島の善意に頼って教わってる伸二にとって、いつ匙を投げられるか分からない状況は恐怖と隣り合わせでもあったのだ。


「それもあと数日で終わりか」

不思議な店だなと伸二は今でもシミジミと思う。

そしてそんな不思議な店に通うのが残り数日だと思うと、伸二は寂しさを感じずにはいられなかった。


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