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平和な日常~秋~2

(あの野郎……)

一方少し時間を遡って観客席に座った横島は偶然にも木乃香が絡まれる様子を千里眼で見てしまい、呆れた表情をしつつも怒りを感じていた。

恐らく本人にさほど悪気はないのだろうが、それ故にタチが悪い。

実際罪に問えるかと聞かれれば罪に問えない訳だし。

あれで木乃香が畏縮するなりプレッシャーを感じれば儲け物としか考えてないのだろう。


(一つ借りが出来たな)

実際あの場に超や新堂が居なければ、あの男性はもっと露骨にプレッシャーをかけたかもしれない。

二人は木乃香を助けると同時に、余計なプレッシャーを感じないようにと気配りをしてくれた。

まあ当人達、特に新堂は木乃香と正々堂々と戦いたいだけなのだろうが、横島からすると木乃香は一つ借りが出来たと思う。

一瞬横島は相手に報復としてプレッシャーでも与えてやろうかとも考えるが、よく見ると相手は横島が何かするまでもなくプレッシャーを感じていた。

実のところ新堂が男性の父親のことをチラリと匂わせたことで、相手は余計なプレッシャーを抱えてしまったのだ。


(アホは放っておこう)

 
最早決勝で全力を出せないだろうと理解した横島は男性に興味を無くすが、同時に会場に入って来た木乃香の集中力が異様なほど高まっていくことに気付く。


「木乃香……」

「大舞台になればなるほど集中してますね。 本番に強いってレベルじゃないかも」

それに気付いたのは横島だけではなく、父である詠春も当然気付いる。

会場は満員で木乃香にとって初めてであろう大観衆を前にして、更に集中力を高める姿は詠春も横島も驚くしかない。


(あの馬鹿のプレッシャーで逆に落ち着いたらしいな)

それはとても皮肉なことだが自身のプレッシャーに耐え切れずに木乃香にプレッシャーをかけた男性のおかげで、木乃香は逆に冷静になったのだろうと横島は思う。

何より木乃香の中の微かな迷いが消えたのを横島は感じていた。


「ねえねえ、木乃香勝てるかな!」

「相手は二連覇中ですでにプロとして活動する新堂先輩ですからね。 実力差は大きいかと…… 横島さんどうかしましたか?」

そんな横島や詠春の周りでは友人達が木乃香の勝ちを願いつつ心配そうに見ていたが、夕映は横島の表情が僅かに変化したことに気付く。


「勝てるかもしれない。 正直言って一割も勝機があればいいかと思ってたんだけど……」

夕映に声をかけられた横島は素直に思ってることを口に出してしまうが、驚きながらも木乃香が勝てるかもしれないと言い切る横島に周囲のテンションは上がる。


「ではスイーツ部門のお題を発表します! お題は野菜を使ったスイーツです!」

そしてお題が発表されると会場や周囲がざわめく中、横島は何の気負いもなく歩き出す木乃香に背筋が冷たくなる気がした。

この大会を通して木乃香は大きく成長していたが、その成長スピードは横島の予測を越え始めている。

才能に溢れ運も持つ木乃香だが、なにより大きいのは実力に不釣り合いなほどの純粋さと柔軟さであろう。

そう、木乃香はこの大会を通して新堂からも学び成長していた。

それは明確な技術ではないが、横島には欠けてる本物の料理人の魂のようなものなのかもしれないと横島は感じる。

横島も手に汗握る中で木乃香の調理は静かに始まった。



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