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その一

小竜姫の記憶に色濃く残るのは、女性として扱われた喜びであった

セクハラは嫌だったが、それ以上に思い出は美化されている

かつての天龍童子の様子から見ても、よほど神界の扱いは酷いのだろう


「うん! 決めました。 横島さんに『ばれんたいんちょこ』を渡して結婚しましょう!!」

会うたびに横島に美しいと言われ続けた小竜姫は、そんな生活も悪くないと思っていた

顔を真っ赤にしながら体をくねくねと動かして、結婚生活を想像しながら饅頭を包んでゆく


「ではさっそく参りましょう!」

最早バレンタインが何なのかと言う疑問は全く残ってない小竜姫は、嬉しそうに東京に出かけて行った



その頃横島は、アパートでお腹を空かせていた


「うぅ~ 腹減った」

あまりの空腹にぐったりと布団に包まっている

暖房機器もない部屋で空腹な横島は、布団で暖まるしかすることがない


コンコン…

そんな時、部屋のドアをノックする音がする

「誰だ… 腹が減って起きる気になれん。 気が付かなかったことにしよう」

空腹と寒さのあまり居留守を使うことにした横島だが、ドアは再びノックされた


コンコン…


「横島さん、居ませんか? 小竜姫ですけど…」

横島のアパートに訪れていたのはもちろん小竜姫である

一度ノックしても返事が無いので、小竜姫は再びノックをして声をかけていた


一方小竜姫の声が聞こえた横島は、慌てて布団から飛び起きて玄関に向かう


「小竜姫様ー! 相変わらずお美しい!! まさか小竜姫様が俺を訪ねてくるなんて… 小竜姫様の為なら神界でも魔界でもお供します!」

バタン!と勢いよくドアを開けた横島は、小竜姫の手を握りペラペラと言葉を続けてゆく


「横島さん…、ありがとうございます」

バレンタインチョコ(饅頭)を渡す前に横島にそこまで言われた小竜姫は、幸せそうに微笑む


「えっ…!?」

対して横島は、いつもと違い嫌がられないことに不思議そうにしてしまう


「あの… これ、『ばれんたいんちょこ』です。 ふつつか者ですがよろしくお願いします」

小竜姫は饅頭を手渡し、玄関先で深く頭を下げる


「いやいや、頭を上げて下さい。 よくわかんないけど、よろしくお願いします」

突然小竜姫が頭を下げたことに驚いた横島は、意味のわからぬまま返事をしていた


(これはいったい…)

そして手渡された美味しそうな饅頭を見つめ横島は悩む

バレンタインチョコと言われたが、どうみても饅頭なのだ

しかもバレンタインは明日だし、何をよろしくしたらいいのかわからない


「とりあえず中に入って下さい」

いろいろ意味がわからない横島だが、小竜姫が自分をからかう性格でも無いため部屋の中に入れる

お茶も無いので、水を小竜姫に出す横島だが、あまりの汚い部屋に小竜姫は苦笑いを浮かべていた


「旦那様は食べてて下さい。 私は掃除をしますね」

「ブーーーー!!!」

ニッコリ笑って立ち上がる小竜姫に、横島は思いっきり水を吹き出した


「旦那様、大丈夫ですか?」

慌てて濡れた場所を拭く小竜姫に、横島は口をパクパクさせている


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