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平和な日常~秋~2

観客に一挙手一投足見守られる中での調理は、日常ではなかなか味わえない緊張感だった。

限られた時間でよりよいスイーツを完成させるにはいかに時間を無駄なく使うかであり、ちょっとした焦りが味を左右することも珍しくはない。

会場には報道部のカメラが数台入っており、個々の調理風景は逐一撮影され特設の大型モニターで映される。

解説には麻帆良学園卒業生の著名なパティシエが解説をしているが、最初にどよめきが起こったのはやはり新堂である。

彼女の選んだ食材は、ロールケーキの基本的な食材と苺だけだったのだ。

しかも苺は最高級なブランド苺ではなく、割とよく見る普通の小振りな苺だった。


「マスター?」

「あの品種の苺は酸味が少し強い、加工品向きの品種なんだよ。 多分クリームとスポンジとのバランスを取ったんだろ」

会場では実況やプロの解説の言葉が聞こえるが、横島の周辺の人々は何故か横島の意見に聞き耳を立てている。

横島自身も今回の木乃香の活躍により、木乃香の師匠として地味に知名度が広がりつつあった。

そんな横島の意見には、周りの無関係な観客も興味があるらしい。


「あの人の決勝進出は決まりだな」

まだ調理を始めて十分しか経過してないが、横島は新堂の決勝進出を確信している。

材料の選び方から技術まで見ているが隙は全く見当たらないのだ。


「じゃあ残りの九人で二枠になるの? 厳しいわね」

「木乃香はりんご使ってるわよ」

そのまま横島達は新堂に続き、マイペースに料理する木乃香に視線を向けていた。

苺を使った新堂に対し木乃香はりんごを使っている。

他の参加者は最低でもフルーツを二つ以上は使っている者が多いが、新堂に続き木乃香もフルーツは一つだった。


「複数のフルーツ使うと味のバランスが結構難しいからな。 木乃香ちゃんの場合は一つに絞って正解だよ」

一見するとまるで示し合わせたかのように似た様子で作る新堂と木乃香だが、決定的に違うのはあえて複数のスイーツを使わなかった新堂と、複数の味のバランスを取る技術があまりない木乃香の違いだろう。

加えて限られた時間で完成度を上げるために素材を絞ったのは間違いではない。

それに元々横島の作るスイーツは素材の味を生かすことを重要視してるので、基本的にシンプルな味が多かった。

木乃香もまたそんな横島の教えを受けているので、当然の選択とも言えるし周りに惑わされてない証でもある。


「へぇ~、なかなか大変なのね」

さて調理している木乃香だが、こちらは周りを気にする余裕はほとんどなかった。

実況や解説の声は聞こえるので周りの状況もなんとなく理解してるが、木乃香にはそれをどうこう考える余裕まではないのだ。


(ホンマに練習で使ってよかったわ)

ただそんな木乃香の有利な点は、オープンを始め調理機器に使い慣れてることだろう。

当初はそこまでしなくてもと思った木乃香だが、こうして観客の前で調理すると事前に使って練習した成果を誰よりも感じている。

特にスポンジ生地を焼くオープンは成否の鍵を握ると言ってもよく、他の出場者がオープンの様子にピリピリとしているのは木乃香も理解していた。



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