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二年目の春・10

「十年か。」

同じ頃、ガトウは十年にも及ぶ空白を埋めるべく話を聞いていたが、縁側に出てタバコに火をつけると感慨深げに空を見上げた。

二度と生きて帰れぬ覚悟をしていた。

それが十年も過ぎて、まさか助けられるとは思いもしなかったのだろう。


「人の縁とは奇妙な物ですね」

「ああ。アスナとお前の娘に助けられるとはな」

本来ならば木乃香が治療方法を確立するまで人知れず眠るはずだったガトウを助けたのは、異世界から来た横島だった。

その横島をガトウを助けるまで導いたのは、他ならぬ木乃香と明日菜であろう。

無論本人にはそんなつもりもなく記憶すら封じられたままだ。

しかしガトウは運命の気まぐれさを感じずには居られなかった。


「この国の昔話だったろう。浦島なんとかっていうの。昔お前がアスナに話していたの。」

「ああ、浦島太郎ですね。まさに貴方は浦島太郎そのものかもしれません。」

ガトウにとっては明日菜と共に旅をしたのは、つい先日の出来事になる。

野郎ばっかりで幼いアスナを連れて旅をした赤き翼の面々は、いろいろな意味で苦労した。

人としての感情も何もないアスナに人として接して、詠春などはよく昔話を眠れぬアスナに語って聞かせていた事をガトウは思い出す。

その中の一つの物語に自分は少し似ている気がした。


「幸いなのは連中が最早かつての力が無いことか」

ナギもすでに動くことが出来ずに、魔法世界は何一つ前に進まず終わりに向けて動いている。

ガトウはそんな状況にため息をこぼすが、自分達が守りきったアスナの現状と未来だけは希望であった。

それと秘密結社完全なる世界も、最早往年の力はなく土偶羅の監視下にある。

自分の役目は終わったのかもしれないとガトウは密かに思う。


「信じる事も必要ですよ。 魔法世界の人達を。」

そんなガトウの姿に詠春もまた個人としては、今を生きる人々を信じていた。

クルトや悠久の風のメンバーだけではない。

世界のため未来のために動きあがいている者達は居るのだ。

赤き翼の名前は、そんな者達の努力を無駄にしかねない危険もあった。


「やれやれ。 明日から何をするべきか考えるはめになるとはな……」

ガトウという男は当面は死んだことにするべきかと、ガトウ本人も考えていた。

何より自身が生きていると知られると、再びアスナの捜索が活発になるだろう。

平和で穏やかな京都の近衛本家でガトウは、明日から何をしようと考えねばならない自分に苦笑いしか出なかった。

落ち着いたら姿を偽り麻帆良にでも行こうかと考えつつ、梅雨の晴れ間の空を見上げていた。


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