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二年目の春・9

「うわぁ……」

「凄いわねえ。」

大きな木の中に出来た店内には、ファンタジーな椅子やテーブルが並ぶ。

開店十分ほど過ぎて店内が満席になると、最初の旅が始まる。

通常の映像と立体影像を組み合わせ、スピーカーの位置や風が景色に合わせて吹く仕組みなど、リアリティに凝った仕掛けは一般客には驚愕のようで、思わず食べる手が止まる者が続出していた。


「これ、軽食か? 食事か?」

「さあ? 好きに食えばいいだろ。」

「美味いんだが、がっつり食いたいな。」

「他にもいろいろ屋台とかあるからなぁ。 考えたんだろ。」

肝心の料理に関しては、軽く食べられるわんこひつまぶしは女性や子供に好評な反面、がっつり食べたい若い男子には少しボリュームが物足りない者もいるようだ。

横島達も何度か通常サイズの丼物をメニュー化するか考えたが、これ以上の盛り付けの複雑化は作業効率が落ちる事を懸念して見送ったという事情がある。

まあ、その分だけ量を食べたい人は数を頼めば味のバリエーションを楽しめるので、全体としての評判は上々だ。


「大丈夫そうだな。 そろそろ予定通り、抜けていいぞ。」

一方厨房では麻帆良祭当日ということで、人数を増員して開店を迎えていたが、特に大きなトラブルらしいトラブルもないので事前に予定していた通り、みんなでローテーションを組んで営業することにしていた。


「おっ、開いとるのか?」

「店は休みだ。帰れ」

同じ頃、横島の店ではclauseの看板と、3ーAの店舗の案内の貼り紙が貼られて店を休んでいるはずが、結構な人が集まっていた。

店内には店の主と化しつつあるアナスタシアと年輩者達が集まっていて、この日もいつもと変わらぬ様子で囲碁や将棋に興じている。

アナスタシアは店に来る常連の年輩者達に帰れと冷たく言い放つが、閉店してる店に入ってくるのは顔馴染みばかりであり、みんな勝手に入っていく。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」

「お飲み物は如何しますか?」

「お飲み物は如何しますか?」

「それじゃ、コーヒーを頼むかの。」

なおこの日は何故かメイド服を着た初音と鈴江が居て、アナスタシアや常連の年輩者達に飲み物を提供している。

彼女達はアナスタシアとチャチャゼロと一緒に午後からタマモと麻帆良祭見物をする約束があるので、それまでアナスタシアと一緒に待ってる事にしたらしいが、茶々丸が教育している影響かじっとしてるよりはと、みんなに飲み物を提供し始めていた。


「今年も賑やかじゃな。 亡くなった婆さんも喜んどるじゃろう。」

「貴様の嫁は元気だろうが。昨日いい歳をしてと怒鳴られていただろう。」

「いつもの軽い、年寄りジョークじゃ。 婆さんは友達と麻帆良祭見物に行ったからの。」

新しく店に来た年輩者は頼んだコーヒーを飲み、しんみりとした表情で窓の外の賑やかな町を眺めていたが、アナスタシアと他の年輩者達は呆れた表情をしている。

この年輩者は今も元気な嫁を勝手に死んだ事にして、一人しんみりとしてアナスタシアにアプローチする、とんでもない男だった。

ちなみに昔から嫁を死んだ事にして、女を口説いては浮気をしていたようで、アナスタシアも何度か店に来た嫁を知っている。

昨日も同じ口実で若いアナスタシアを口説くようにしていたが、そんな噂を聞き付けた嫁が申し訳ないとアナスタシアに謝りに来ていた。

いい歳をして若い娘さんに迷惑を掛けるなと怒鳴られて、周りの年輩者に笑われていたのだ。

どうやら相変わらず濃い個性的なメンバーが、この日も店に集まっているらしい。


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