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二年目の春・8

「うーむ。」

「まったは無しだからな。」

一方休業中のはずの横島の店には人影があった。

もちろん看板は出してないし、入り口のドアには麻帆良祭終了までの休業の案内と仮設店舗の宣伝の貼り紙がある。


「全く、年寄りを労ろうという気はないのかのう。」

店内に居るのはアナスタシアと常連の年配者達だ。

3ーAの店の準備と営業で十日ほど店を休業することになったが、毎日朝から夕方まで居る常連の年配者が行く場所がないとぼやいたので横島が店を常連に無料解放している。

ちなみに店の鍵を預けたのは同じく暇なアナスタシアであり、彼女が店の戸締まりを管理していた。


「年寄りらしくするのが嫌いな癖に、都合がいい時だけ年寄り扱いを要求するな。」

「その通り。 じゃが最近の年寄りはみんなこんなもんじゃぞ。」

当然ながらお茶を入れてくれる者も居ないので、飲み物はセルフサービスであり、アナスタシアが飲み物を年配者に入れるなんてことはあるはずがないので、年配者達がアナスタシアに飲み物を入れている。

もちろん料金は決めてないが、年配者達が自主的に払っているので、カウンターの上には小銭が貯まっていた。


「祭見物に行かんのか?」

「あまり人混みは得意ではない。 貴様らこそ行かんのか?」

「孫も大きくなって友達と行くしのう。 本番に少し行くだけで十分じゃ。」

静かな店内には囲碁を打つ音が響く。

店の周囲は住宅地なので麻帆良祭の出し物やイベントはあまり多くはない。

アナスタシアとすれば十年も居れば目新しさがなく、わざわざ人混みに行きたいとは思わないようで、年配者達も似たような感じらしい。

風に乗りどこからか麻帆良祭の準備やイベントの進行の練習をしてる音が聞こえるが、アナスタシアと年配者達はそれで十分だった。


「昔はこんなに賑やかでなかったんじゃがの。」

「初めはもっと真面目だったんじゃがの。 いつの間にかお祭りになってしまったな。」

「あの頃は今ほど食べ物が無くてのう。 先生達が麻帆良祭に合わせて何処からか、お菓子や缶詰を貰って来てくれたのを、今でもよう覚えとる。」

まるで時が止まったままのような店で、年配者達はしばし過去を振り返り思い出に浸る。

この年で78回目の麻帆良祭なだけにそれだけ長い歴史がある。

なかでも戦後間もない頃の麻帆良祭は今とは全く違うらしく、年配者達は懐かしそうに当時のことを語っていく。


「五十年後や百年後はどうなってるかのう。」

「さあのう。 でもワシらの頃の麻帆良祭も、少しでいいから忘れんで欲しいの。」

残された時間は決して多くはない年配者達は、自分達が見ることが叶わぬ未来に思いを馳せながらも、過ぎ去りし過去を忘れて欲しくないと願ってしまう。

無論誰かに強制するわけでもなく、些細な願いとしてだが。


「過去は消えん。 例え消そうと思ってもな。 貴様らの過去の歩みも消えることはないだろう。 いずれ日の目を見るはずだ。」

「そうかもしれんの。 なんか学生時代に戻って、先生に説教された気分じゃわい。」

「アナスタシアは妙な貫禄があるからの。」

少ししんみりとする年配者達に、ずっと無言で興味無さげなアナスタシアが突如口を開くと、年配者達は子供に戻ったような表情でアナスタシアを見つめる。

ただ若くて美しいだけではない。アナスタシアには他の人にはない。何か重みのようなものがあるのを年配者達も気付いていた。

まるで自分達と違う世界を生きるような、そんな彼女に惹かれ彼らは集まるようになった。

年配者達はそんなアナスタシアが幸せになるのを願い、応援してるという立場でもある。

何処か幸せを避けるようなアナスタシアが幸せになる姿を一目見たいと、心に秘めつつ年配者達は時が止まったような時間を過ごすことになる。

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