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二年目の春・8

「やはり教えるべきではなかったのだろうな。」

京都に戻った詠春は秘匿された地下に置いてある石化されたガトウの前で、一人ため息を溢していた。

高畑とクルトというかつて自分達が救い共に旅をした少年達は、やがて力を求め高畑はガトウにクルトは詠春に師事しようとした。

先に赤き翼と一緒に居た高畑は、呪文の詠唱が出来ぬハンデもありガトウが面倒をみていたが。

クルトは呪文の詠唱も出来るし、何をやらせてもそれなりに素質があった。

わざわざ神鳴流でなくとも構わないというのが詠春にはあったし、何よりクルトの性格や価値観が神鳴流と合わないのは当時から気付いていたことである。

元々赤き翼は良くも悪くも世界や世の中のことを考えなければ、道理や社会正義すら無視することが多々あった。

しかしクルトだけは正義や世の中を考え道理や社会正義を重んじていたのは、当時は将来を楽しみにした記憶すら詠春にはある。


「今思えば高畑君はクルト君のストッパーであり、クルト君は高畑君に赤き翼を無意識ながら重ねていたのかもしれない。 だが高畑君は過去を過去とし前を見てしまった。」

神鳴流の技を先に技術だけ会得してしまったクルトに、詠春は免許皆伝だけはいつまでも与えなかった。

神鳴流の歴史においても技のキレや戦闘において特に才を発揮したのは何人も居るが、闇に落ちたりするのはそういう者が多かったという事実もある。

クルトは闇に落ちはしてないが、高畑という光を失い影のなかでより強い光を求めるようになってしまった。

止めねばならない時なのは、横島にいわれるまでもなく分かっている。


「まるでアリカ様に取り憑かれてるようだ。」

詠春はクルトの性格からクルトにはアルビレオ・イマに師事するべきだと思ったし、かつてはそれを言ったこともある。

彼は彼で困った男ではあるが、世の中を知るという意味ではクルトには最適なはずだったのだ。


「さっき、一瞬横島君が別人に見えたよ。 まるで神に問答をされてるような気分になり平伏しそうになった。 やはり彼の中にも眠れる獅子、いや眠れる龍のようなものがいるのがはっきりした。」

いずれこんな日が来るかもしれないと心の片隅で思いながらも、それでも詠春はクルトを信じたかった。

だがもう信じるか信じないかと言ってる場合でないことを、先程ようやく理解したとも言える。

穂乃香は大分前から言っていたし、クルトには神鳴流を名乗らないようにと手紙も出した。

今回のクルトの動きに対する近右衛門や横島の行動も仕方ないと黙認していたのだが、詠春自身はそれでもやはりクルトを信じたかった。


「少しだけ君が羨ましいよ。 ガトウ。 タカミチ君は未だに君を尊敬し忘れてない。 だがクルト君には私の存在は小さいらしい。 動かねばならないだろう。 娘の為にも神鳴流の為にも。 ここで決断しなければ次に見限られるのは私になる。」

ただ詠春の中には、もう答えが出ていた。

一晩、それを改めて考える時間が欲しかったのだ。


「やはり彼はナギに似てるかもしれない。 あいつも人を振り回し変えるという意味では天才的だった。 彼はきっと、人を世界を振り回してきたのだろう。」

いつの間にか夜が明ける頃になっていた。

詠春は物言わぬ友を前に、最後の迷いを降りきるとその場を後にした。


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