それから数週間が経過して２月１４日の朝、教会の自室でピートは密かにため息をはいている


（今日はバレンタインか……）

世の中の男子がチョコを貰えるかそわそわしている頃、ピートの心は複雑だった

女性にモテるのは悪い気はしないし嬉しいのには変わりないのだが、バンパイアハーフのピートにとっては複雑な感情もある


（僕は吸血鬼だからね）

人と人外の違いが、ピートにとっては越えられない壁になっていた

実際に吸血鬼であるピートは歳をとらないが、人はすぐに老いてしまう

ピートは慣れているが、相手の人間は別である

変わらない夫と年老いていく自分に、妻になる女性が耐えられるかわからない

それに吸血鬼と人間の子供がどれだけ苦労するかは、一番良く知っているのだ

時代が変わったとはいえ、人外に対する迫害や差別は変わらない

人間と吸血鬼の共存と言う理想を抱くピートだが、自分が誰かと付き合うなど絶対に出来ない事だった


（誰もそこまで考えてないんだろうけど……）

バレンタインがそんなに重いイベントで無いのは十分理解しているが、ピートにはそこまで軽く考えられない

相手の好意が嬉しいだけに、答えられない自分と種族の壁にピートは人知れず悩んでいる



そんなピートは当然、朝からバレンタインチョコを次々に渡されていた

教会を一歩出るとすでに待っている女の子が居るのだ

女の子達からチョコを受け取り、笑顔でお礼を言いつつ登校して行く


そしてその後も、ピートは一日中たくさんの女の子からチョコを貰い続けていた

学校中の男子からの嫉妬や嫉みの視線と、バレンタインを楽しむ為だけに気軽に渡されたチョコに心中は複雑なままである

そんな誰にも理解されない悩みと苦悩を抱えつつ、ピートはそれを人には見せずに一日を終えていた



「やっぱり横島さんと魔鈴さんは恋人だったんですね」

教会に戻ったピートは、チョコをくれた相手を確認しながらふとつぶやく

昼に屋上で横島に聞かされた話は驚きもあったが、自分の予想がある程度正しかった事もわかった

オカルトＧメン入りの決断を先延ばしにした自分の考えが正しかった事はよかったのだが


「横島さんにとってあの戦いはまだ終わってないんですね。　それに……、愛子さんは……」

今日聞いた話はピートにとって衝撃だった

長く生きた経験からまさかと思いつつ考えていた最悪の事態が、本当に当たっていたのだ

そしてそれは７００年生きてきた自分ならば、気付くべき苦悩なのである

人がいかに弱くはかないものか、ピートは良く知っているのだから……


「僕は何を見ていたのだろう。　横島さんの苦悩も愛子さんの気持ちも気付かずに……」

己の未熟さに怒りが収まらないピートは、拳を握りしめやり場の無い怒りでいっぱいだった

横島の気持ちや愛子の気持ちを誰よりも理解出来るゆえに、気付かなかった自分が許せない


「僕は少し甘えていたのかもしれません」

この日からピートは己の人生や理想など、様々な事を一から考え直していくことになる


そしてこの一連の出来事がピートの人生を変えるターニングポイントになる事を、今のピートは知るよしもなかった