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二年目の春・7

「ほえー。」

「凄いな。」

一方明日の仕込みをする店の厨房ではいつの間にか坂本夫妻の夫による料理指導が横島と木乃香とのどかに行われていた。

弟子にするつもりもないし余計なことを教える気はないのは変わらないが、一緒に料理する回を重ねれば重ねるほどに横島と木乃香のアンバランスさが気になりついつい指導をしてしまうらしい。

天性の才覚とチートとも言えるズルをすることで苦労を得ないで上達してしまう横島と、そんな横島のスピードに自然と着いていけてしまう天才木乃香は放置しても問題ないのは坂本夫妻の夫も理解している。

しかし長年料理と店に一筋に生きて学生達を見てきた夫妻からすると横島と木乃香の危うさがどうしても見えてしまう。

若い苦労は買ってでもしろと言うつもりなどないし話し半分で聞いてもいいとすら坂本夫妻の夫は思っている。

ただそれでも放っておけないのが性分なのだろう。


「まあ、そんな感じだな。」

問題から計算式のような過程をすっ飛ばして答えにたどり着く横島と木乃香はある意味似た者同士になりつつある。

坂本夫妻の夫が教えてるのは過程の細かな積み重ねの一部でありのどかには無理だが横島と木乃香はそれだけで教えようとしている本質を感性で理解する。

少し大袈裟に言えば教えれば教えれるだけ伸びていくので指導が楽しいとすら言えて、夫妻は二人の成長と行く先をいつの間にか楽しみにしていた。


「ふふふ、楽しそうね。 前にタマモちゃんが料理を教えて欲しいって言ったのよほど嬉しかったみたいで、あの人ったら息子とかにまで話してあと十五年は現役の腕を落としたくないって言って家でも料理してるのよ。 タマモちゃんの気が変わったらどうするのかしら?」

そんな横島達に指導するのが楽しげな夫を見て妻は夕映に最近の様子を語るが、夫の方は本気でタマモに料理を教えたいと考えてることに夕映も少し笑いながら聞いている。

意外に頑固な一面があるタマモなら本気で習う気がするが、それでもまだ若い夕映には十年後や十五年後と言われるとなかなか想像できないことだった。


「息子や孫たちは継いでくれなかったから、タマモちゃんがうちの人の最後の教え子になってくれたらって思うんでしょうね。」

この日は庭の手入れの話や明日菜の絵のモデルにお客さんの相手と忙しく走り回ってるタマモの姿に坂本夫妻の妻は目を細める。

いつの日か独り立ちするタマモを育てて包丁を置きたいとそんな夢を見てる夫に妻は嬉しそうだった。


「まだ小さいから新しい夢が出来たら少し残念だけど私はそれでもいいと思っているわ。 あの人があんなに楽しそうなんですもの。」

無論夫妻はタマモの将来を縛る気もないし気が変わったらそれもまたいいと思うようである。


「タマちゃんの将来ですか。」

「楽しみよね。 本当。」

ただこの時夕映は横島やタマモが居ない超鈴音の世界の坂本夫妻はどうしたのだろうとふと気になっていた。

普通の穏やかな老後を過ごしたのだろうか、それとも何処かで誰かに料理を教えていたのだろうかと考えてしまう。

以前歴史を変えようとした超鈴音のことは今も細かな事情を知らぬだけに、喉に刺さる小骨のように時々気になるが同時に思うことがある。

超鈴音の計画を破綻させた最大の要因は今を楽しむ横島や自分達ではないのかと夕映はふと思っていた。

未来を作るのは歴史ではなく今この時なのだろうと改めて確信した夕映は、超鈴音もその事実を気付いてくれればと思って止まなかった。

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