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二年目の春・6

「木乃香は今ごろ何しとるかのう?」

そしてこの夜の少女達の帰った横島の店では近右衛門が一人で訪れ横島を相手に冷酒を飲んでいた。


「木乃香が麻帆良に来た頃は、口には出さんが寂しがり帰りたがってのう。 ワシも忙しくてあまり構ってやれんかったから京都から一緒に来た葛葉君には随分と世話をかけたわい。」

今頃孫はさぞ喜んでいるだろうと今回の魔法による帰省に近右衛門は感慨深いものを感じるようで涙ぐみそうだった。


「小学生っすからね。 よく本人が我慢しましたよ。」

「うむ、親代わりの高畑君が苦労していた明日菜君と引き合わせて以降少し変わった。 子供ながらに自分だけが親と一緒に暮らしてない訳ではないと理解したのかもしれん。」

少し酔いが回ってきたのか昔話を始める近右衛門の話を横島は時々相槌を入れつつ聞いているが、それが近右衛門にとっても詠春や穂乃香にとっても苦渋の決断だったことをあらためて感じる。


「婿殿はワシには口には出さんかったが魔法協会から引退を随分と考えていたらしい。 木乃香のことを考えれば当然じゃがな。 しかし婿殿はワシの兄である先代への義理から引退に踏み切れんかった。 ワシは死に目に会えんかったが兄は最期まで婿殿と穂乃香にすまないすまないと何度も泣きながら謝っていたそうじゃ。」

全ては日本の魔法協会とその未来の為にそして近衛家百年の悲願の為に先代は詠春と穂乃香を関西に迎えたが、病で入退院を繰り返すようになると弱気になり問題だらけの関西を背負わせてしまった若い二人に負い目を感じていたらしい。

まるで薄氷の上を歩くように危うい状況とバランスの中での二十年だったようだ。


「清十郎にも世話になったの。 なかなか遊びにも連れていけん木乃香を明日菜君やあやか君達と一緒に何度も遊びに連れていってくれた。」

ベターかもしれないがベストではないその選択は大人達を悩ませ苦しめたようだが、近右衛門や詠春達夫妻には味方や協力者が多かった。

今日の木乃香の優しさは、そんな周りの大人達の優しさと思いやりも無関係ではないだろう。


「君ならば、全く別の選択肢があるのかもしれんがな。」

「たいして変わりませんよ。 多分。 いかに大きな力があってもそうそう状況を一気に変えれる訳じゃないですし。 それに力は大きくなればなるほど融通が効かなくなりますから。」

「それもそうじゃのう。」

ようやくここまでたどり着いた。

近右衛門の心境はそんなところだろう。

そんな近右衛門でさえ横島の可能性が羨ましく感じるが世の中それほど単純ではなくその分マイナスへの可能性もまた人の非ではない。

近右衛門もこの数ヵ月土偶羅の協力を得てそれが痛いほどよく理解している。

魔法だろうが魔王の遺産だろうが人の根幹の心までは自由には出来ないのだ。

横島は以前に自分は土偶羅とハニワ兵が居なければ何も出来ないと笑っていたことがあるが、近右衛門はそれは半ば本当なのだと今になって思う。

仮に近右衛門が横島の立場になっても同じだろう。

何故アシュタロスはかつて人であった横島に遺産が告げるような可能性を残したのか、近右衛門は聞いてみたい気がした。


「まあ大丈夫っすよ。 みんなで考えりゃなんとかなります。」

積み重ねた重みとこの先の可能性に近右衛門は少し弱気になっていたのかもしれないが、横島は楽観的な表情で近右衛門に冷酒を注ぐと大丈夫だと少し無責任とも楽観過ぎるとも感じる言葉を言うがそんな横島らしさが近右衛門はほっとしていた。



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