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二年目の春

さてその後の厨房は表向き藤井が仕切るようになっていた。

坂本夫妻の夫は挨拶にとちょくちょくフロアに行くし、横島も見た目で年上の藤井を押し退けて仕切る気がないので後は彼が仕切るしかない。

ただ藤井自身は料理の腕前はあるものの、坂本夫妻の最後の弟子だったこともあり後輩が居た経験もないのでイマイチ仕切りは苦手なようであった。

結局は横島が出過ぎない範囲で木乃香達と共にフォローすることになっている。


一方フロアでは坂本夫妻が昔なじみに挨拶をしていく中、夕映達とタマモの働きに元麻帆良亭の常連達はやはり驚きの声をあげていた。

日頃は特に珍しい光景ではないが客観的に見て中学生が働くのは麻帆良でも少々違和感があるのだろう。

現在の麻帆良では超包子の影響で中学生が働くのも見かけるようにはなったが、超包子ができる前はやはり中学生が働くのは珍しかったこともある。

ただそれを批判的に見ている人は居なく若いのによく頑張ってると感心する人がほとんどだったが。



そして午後になると麻帆良の街は卒業式を終えた学生達で賑わいを見せていて、横島の店にもそんな学生達が訪れている。


「卒業おめでとう。 デザートはサービスしとくからゆっくりして行ってくれ。」

「やったー! マスター大好き!!」

「はっはっはっ、いくら誉めてもそれ以上は何にも出ないぞ。」

大半は横島の店の常連で中にはテスト勉強でお世話になったと卒業式終わりにわざわざ挨拶に来てくれた子もいた。

横島はそんな常連の卒業生の子達に一律デザートのサービスをしてしまい、これまた麻帆良亭の元常連達を驚かせている。

そもそも今日の横島はあまり厨房から出て来てないので、麻帆良亭の元常連なんかは坂本夫妻が説明するまで夕映達と同じバイトだとばかり思っていた人が多い。


「あの人が今のこの店のオーナーか。 なんというかバイトの学生にしか見えんな。」

「料理の腕は確かで主人も認めてます。 それにこうしてまた麻帆良亭の名で営業出来るのは彼の厚意のおかげですから。」

そしてバイトが何を勝手にやってるんだと目を丸くしていた麻帆良亭の元常連なんかも見ていた中には居て、坂本夫妻の妻はそんな元常連達に横島のことを説明して歩くことになる。

正直麻帆良亭の元常連には現在の店にはあまり興味がない者も少なからず存在した。

麻帆良亭にはなかったスイーツのショーケースなどもあるので現在も何かしらの店なんだろうとは思うが、麻帆良亭への思い入れの強さがあるだけに現在の店を素直に見る気になれない者も居るようであった。


「しかし、ここが別の人の店になったのはやはり寂しいな。」

「ありがとうございます。 そう言って頂けるだけで長年頑張って来た甲斐がありました。」

仕方のないことだと元常連も理解はしているが、それでも寂しさもあれば抵抗感もある。


ただ坂本夫妻の妻はそんな常連の言葉に麻帆良亭を辞めて麻帆良を離れた後のことを思い出していた。

坂本夫妻が麻帆良亭が若い男性に本当にそのまま喫茶店として使われていると聞いたのは、昨年の四月に入った頃だった。

一度は離れた場所とはいえ人生の半分以上を過ごした場所が気にならないと言えば嘘になるし、季節的に庭の花壇や果樹の木はどうなったのだろうと気にもなっている。

だがすでに手離した店に行くのは自分達の大切な場所が変わった姿を見ることにもなりかねず怖くもあったし、そして何より自分達の存在が新しい店では必ず重荷となることを妻も理解していたのだ。

ただそれでも妻はいつの日か行ってみたいと口には出さないが心の奥底に秘めていた。


「この店を継いだのが彼らだから私達はまたこうしてまた会えたんですよ。 二度と麻帆良亭の名で料理を作る気がなかった主人を動かしたのは彼らなのですから。」

あの日思い出の渋柿と共に横島が送った手紙と写真は妻が今も大切に持っている。

始まりがいつなのかは妻にも分からないが、自分達の第二の人生が始まったのはあの手紙からなのではと最近思い始めてもいるのだ。

端から見ると少し誤解のされやすい横島であるが、そんな人だからこそ妻は麻帆良亭の過去に負けないのだろうと思っていた。



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