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二年目の春

翌日は暦も変わり三月であった。

麻帆良市内でも早いところだと二月の下旬には梅の花が咲いていて、春の足音が日々近付いている今日この頃。

この日は土曜日だが麻帆良学園の高等部の各校では卒業式が行われる日でもある。

多くの高校生が高校生活に終わりを告げて次なる学舎や社会へと旅立っていく。

尤も麻帆良学園では基本的に大学部にまで進学する生徒が多いので一般の高校よりは別れの印象はないが。

ただそれでも高校生にとって卒業式は重要な日であることに変わりはなく、今日も多く生徒が新たなステージへと旅立つことになる。


そしてこの日の麻帆良亭の営業については限定復活も三回目の今回だが、開店当初から店内が満員になりやはり行列ができるほどの賑わいを見せていた。

今回から不定期開催を告知してはいるが、そもそも麻帆良亭の限定復活自体がまだ情報としては完全に知れ渡ってなかったこともあり客足は前回と同等かそれ以上にも見える。

宣伝活動は主にポスターとSNSに報道部の新聞や放送も頼んで行っていたがやはり麻帆良市外には十分とは言えず、加えて麻帆良亭に思い入れがある一定以上の年齢の人にはまだ情報が届いてないという事実があった。

まあこれに関しては費用の問題もあり現状以上の宣伝活動の拡大は流石に無理がある。

ただまあそういう意味では今回からの不定期復活は坂本夫妻からの元常連の人々への感謝を込めた営業となるだろう。

事実この日も開店当初から市外からの客が結構居て、坂本夫妻は妻ばかりか夫の方もちょくちょくフロアに挨拶に出ていた。


「凄いわ~。 何年も経っても忘れられずにあんなに求められる人はそうは居ない気がするわ。」

昔懐かしい人達と会い当時の話に華を咲かせては、記憶の中に埋もれかけていた想い出を蘇らせていく坂本夫妻は本当に嬉しそうだった。

中には亡くなった人も居たりして悲しみを感じることもあったが、卒業後の人生を話して立派になったかつての学生達を見るのは何より幸せなことのようである。


「時間をかけて積み重ねなきゃ得られないモノも世の中にはあるからな。」

麻帆良亭の料理が食べたいと遠いところから遥々来る客や坂本夫妻に会って涙ぐむ客もいる。

厨房で調理をしている木乃香とのどかはそんな坂本夫妻と客達のやり取りを見て自分達との違いの大きさに感慨深げだった。

いつの日か自分達の料理や店を同じく懐かしみ遠くから尋ねていた来たりする人が現れるのかと言われると、自分達はまだその域には達してなくなにかが足りないとも感じる。

そんな木乃香とのどかであるが一方の横島は、それは時間をかけて積み重ねなければ得られないモノだと考えてるようであった。


「確かに先生は君達にないモノを持ってるが、逆に君達は先生や僕にはないモノを持ってる。 正直僕は君達に本当に感謝してるよ。 あれほど悩み苦しみながら店を守っていた先生と女将さんがあんなに笑顔で仕事をするとはとても思えなかった。 先生と女将さんを変えたのは紛れもなく君達だよ。」

しかしそんな横島達を見ていた藤井は少しツボにハマったのか急に笑いだしてしまうと、第三者から見た横島達について語り出す。

横島も木乃香も藤井が戸惑うほどの料理の腕前があるが、意外に自分達の価値をあまり理解してなかったことが藤井は何故か可笑しくてたまらなかった。

横島達が見ている坂本夫妻の姿は確かに偉大ではあるが、本来は消えていくはずだったその姿を表舞台に引き上げたのは横島達なのだ。

この時、藤井はあえて横島達には言わなかったが本音では自分にそれが出来なかったことが悔しくて堪らない。

実は藤井だけではなく他の弟子達も皆気付いていたのだ。

坂本夫妻が心の何処かでまだ完全燃焼してなかったことを。

それを変えたのが麻帆良亭の店舗を実質的に継いだ者達だったことに、藤井は運命のような何かを感じずには居られなかった。



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