この日の店の開店は午前九時でオーダーストップが午後七時半の閉店が八時を予定している。

開店三十分前にはアルバイトを頼んだ美砂達が来るが、その時にはすでに店の前で十人ほどの行列が出来ていた。

相変わらず麻帆良亭の名前は大きいようであるしが、実際には日本人が弱いとされる限定復活という言葉もまた人を集める原因でもある。


「私にも手伝わせて下さい！」

そして開店まで残り十五分と迫った時、店内では軽いアクシデントが起こっていた。

年の頃は三十代半ばの男性が突然店に入って来て、夕映達と打ち合わせをしていた坂本夫妻の妻に深々と頭を下げて手伝わせて欲しいと言い出したのだ。

そのあまりに真剣で思い詰めたような表情にフロアに居た夕映達や美砂達はポカーンとしてしまい、坂本夫妻の妻は少し困ったような表情を見せる。


「あなた、藤井君が。」

坂本夫妻の妻はすぐに厨房の夫を呼びにいくとついでに横島達までフロアにやって来るが、鬼気迫るほどの思い詰めた表情のまま頭を下げている男性に流石に横島も何事かと息をのむ。


「お前というやつはまた自分の店を休んで来たのか？ 困った奴だ。」

とりあえず頭を上げさせて坂本夫妻の夫が話を始めるがどうやら彼は坂本夫妻の最後の弟子らしい。

麻帆良亭閉店の際も半ば強引に押し掛けて手伝ったのだと妻が横島達に説明するが、どうやら今回も勝手に手伝いに来たようだ。

一度は引退したにも関わらず今も師と呼び駆けつけてくれる弟子に坂本夫妻は困った表情をみせながらも何処か嬉しそうに見えるが、問題は現状では坂本夫妻が店の責任者ではないことだろう。

夫の方がちらりと横島を見ると、横島は特に意見も何もないので坂本夫妻に任せるという意味で静かに頷いた。

藤井と呼ばれた男性は真面目そうな好青年であり、坂本夫妻とのやり取りを見ていると横島は何処かかつての唐巣とピートを思い出すようだった。

特別何かが似ている訳ではないが、横島の周りで互いに相手を心から思いやる師弟が他に居なかったからかもしれない。

令子は師弟という形を好まなかったし横島自身も師と呼べる存在は令子や小竜姫や斉天大聖など居るには居たが、横島もまたお世辞にもいい弟子だったとは言えないのはある程度自覚している。


「仕方ないな。 こちらが現在の店のオーナーの横島君だ。 藤井は最後の弟子でな。 少し甘やかし過ぎたのかもしれない。」

「いや～、そりゃ心強いっすね。 よろしくお願いします。」

結局坂本夫妻の夫が紹介する形で横島と藤井は互いに挨拶を交わすことになるが、相変わらず初対面の相手にはこれでもかと言うほど小物臭がする横島はペコペコと頭を下げていた。

少女達は最早そんな横島に慣れていて何も感じないようだが、対する藤井や坂本夫妻は少し戸惑ってしまう。

ただ坂本夫妻も横島に関しては変わった男だとはすでに理解してるらしく、そのまま流して木乃香達を紹介して開店準備を再開する。


「……君たちも厨房に入るのかい？」

「そうです。 よろしくお願いします。」

無事手伝えることになった藤井はほっとしつつ案内された事務室件更衣室で着替えると厨房に入るが、そこではすでに坂本夫妻の夫と横島のみならず木乃香とのどかも仕込みや調理を手伝っていた。

しかも幼いタマモまでも厨房に居て坂本夫妻の夫や横島達の調理を見ているのだ。

それは麻帆良亭時代では考えられない光景であり、藤井は固まったようになってしまいどう反応していいか分からないようである。


「藤井、いつまでも呆けてないで始めるぞ。」

「あっ、はい！」

どうも坂本夫妻の夫は一々説明する気はないらしく当然横島も説明しないので藤井は坂本夫妻の夫に声を掛けられるまで戸惑っていたが、坂本夫妻の夫がため息混じりに声をかけるとようやく調理を手伝い始めることになった。