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平和な日常~冬~4

さて今年も残り一時間ほどになると、横島は年越し蕎麦を作り始める。

日中に打った蕎麦を茹でて同じく日中に作っておいたつゆを温めていくだけだが、いよいよ今年も終わりだなと思うと少し感慨深いものがあった。

思い返してみればほんの少し前の横島は全く別の世界で別のことをしていたのだ。

それが一年にも満たない短い間で、まさかこんな生活をすることになるとは誰が思っただろうか。

神魔の最高指導者達が今の自分を見て何を思い何を話しているかと考えると、かつてのアシュタロスの気持ちも少しは分からないではない。


「できた?」

「もうちょっとだな。」

先程うとうとと眠そうにしていたタマモも現在は眠気が覚めたようで、明日菜達がいるリビングと横島が居るキッチンを往復しながら年越し蕎麦が出来上がるのを今か今かと待ちわびている。

リビングから聞こえる笑い声にタマモが惹かれるように戻っていくと、横島は出来上がった蕎麦を一杯だけおぼんに乗せてキッチンから姿を消した。


「ちわ~す。」

「よっ、横島君!?」

自宅のリビングから姿を消した横島が現れたのは、魔法協会の本部の近右衛門の自室である。

本来は転移魔法などが絶対に使えないはずの部屋に突然現れた横島に近右衛門は唖然としてしまう。


「あんまり無理しちゃダメっすよ。」

大晦日の夜を仕事で終えようとしている近右衛門に横島は少し呆れたような表情を見せると、持ってきた年越し蕎麦を邪魔にならない場所に置いてそのまますぐに帰っていく。

残されたのは関西風の美味しそうな蕎麦と薬味である七味が乗った小さなおぼんだけであった。


「次元を越えれる者が、わしらの魔法程度で止められるはずはないか。」

よくよく考えると次元を越えれる横島が魔法協会程度の防壁を越えれないはずはないと帰った後で気付く近右衛門だが、とりあえずは冷める前に食べようと仕事の手を休めて年越し蕎麦に舌鼓を打つ。

まるで身体に染み渡るようなダシの効いた関西風の蕎麦に、近右衛門は何故か今は亡き両親や兄のことを思い出してしまう。

すでに遠い過去となり自身の記憶も朧気になった幼い頃、家族と共に食べた蕎麦の味がこんな味だった気がすると漠然とだが感じると涙が溢れ目頭が熱くなるのを抑えきれなかった。


「父上、母上、兄上、ワシは……。」

同じ国でありながら二つに別れてしまった魔法協会の未来を案じていた今は亡き両親や兄や妻の顔が次々と浮かんでは消えていくと、続けて娘や孫や二つの魔法協会の人々に麻帆良の人々などの今も生きる者の顔が次々と流れるように近右衛門の脳裏に浮かんでいく。


「これだけはワシの手でやらねばならんのだ。」

二つに別れてしまった魔法協会を一つに戻し、延いてはこの国の未来を守るのは今しかないのだと近右衛門は本気でそう思っている。

そしてそれは他の誰でもない自分の手でやらねばならないと改めて強い決意も固めていた。

例え横島がどれほど規格外のことが出来ようとも、こればっかりは近衛家の人間がしなければならないさだめなのだ。

しかしこの時近右衛門には、分かってますよと笑う横島の表情が見えた気がする。

少し呆れた表情こそ見せたものの止めはしなかった横島の気遣いに、近右衛門は感謝しつつ年越し蕎麦を食べ終えると仕事に戻ることになる。
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