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平和な日常~冬~2

「……親の七光りでいい気になってる馬鹿女が……」

さてそんな斉木に注目が集まる大ホールだが、いつの間にか静まり返っていた。

泥酔状態の斉木は気付いてないようだが、数百人の注目が彼とあやかに集まっている。

ただそれでもこの瞬間までは、斉木に寛容な人物が全く居ない訳ではなかった。

まだ二十代半ばの斉木が酒で悪酔いしたからと言って、いちいち目くじらを立てる人は見た感じ以上に少ない。

黙って引けば問題にはならないだろうと皆が思うが、斉木という男はとことん空気が読めない人物である。

周りに自身に寛容な人物が居るなど気付きもしない斉木は、自身を責め立てるあやかに苛立ちを募らせお酒という理性を消し去る麻薬が言ってはいけない言葉を口に出させてしまう。

それは囁くほど小さな声だったが、静まり返った辺りには十分に聞こえるものであった。


「親の七光りでいい気になってる馬鹿女が調子に乗るんじゃねえよ!」

空気が凍りつくとはこのことかと感じるほどの衝撃に、誰もが固まり動けなくなる。

無論それはあやか本人も同じで、絶句したまま言葉が出て来なかった。

先程夕映も話していたが、あやかは過去に納涼祭の開催権を巡り斉木と交渉したことがある。

納涼祭を実質的に仕切っていたあやかに斉木は開催権の購入を打診するも、あやかは横島と実行委員会の総意として丁重に断っていた。

この一件は今日まで横島に知らされることすらなかったが、斉木に関しては横島に知らせるまでもないとあやかの判断で断っている。

そもそも横島としても実行委員会が承認しないような人物に主催者を売り渡すほど無茶を言った訳ではない。

最終的に横島が来年も主催者を続けることになった結果からもわかるように、来年も納涼祭を続けることが出来る人物が主催者譲渡の条件だった。

ただ斉木がその一件で根に持ったのは確かなようである。

静まり返った空気に斉木は何を感じたのか、つぶやくような小声だった言葉をわざわさ大声で怒鳴るように言い直してしまう。


「七光りの何が悪いんだ?」

誰も声を出せないまま凍りついたようなその瞬間、動こうとしたのは何人か居た。

最早笑って済ませられる段階ではない。

ただそんな人達よりもほんの僅かな瞬間早く口を開いた者が居る。

その声は相変わらず緊張感がないが、同時にどこか普段はない威圧感がある声だった。


「親の名前に負けないように頑張ってる子の何が悪いんだ? 頭の悪いよそ者にも分かるように答えてくれよ」

斉木とあやかに集まっていた注目が一瞬でその声の主に集まる。

それは声の主の隣に居た夕映と千鶴も同じであった。

そしてその声の主である横島と斉木の間が自然と開けていき、横島は一歩また一歩と斉木に向かって歩み寄る。


「うるさい! お前のような媚び売るしか能がないダニがいい気になるな!!」

この時の横島の表情は一見すると普段とさほど変わらないが、斉木は逆に猛獣に怯える子犬のように喚き叫ぶ。

最早取り繕う気がないらしくあやかや横島を汚い言葉で罵り続けるが、その言葉には一切の余裕がなく何もしてないはずの横島に追い詰められてることは誰の目にも明らかだった。


「あほか。 媚びるしか能がないから媚び売るんだろうが。 それこそ媚び売らんかったら生きていけんだろうが」

これを勝敗と呼んでいいのかは分からないが、最早勝敗の行方は誰の目から見ても明らかである。

自分をダニと言った斉木の言葉を、横島はくだらない冗談でも聞いたように笑うと全く否定せずにそのまま受け流してしまった。

そしてその些細な一言に静まり返った会場の誰かが吹き出してしまうと、いつの間にか会場全体が爆笑に包まれることになる。



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