その一

休日の街は学生や家族連れで賑わっていた。

普段なかなか来ることがない街は歩くだけでも新鮮であり、ちょっとした店を寄り道したりしながら二人はこの日の目的地である水族館に来ていた。


「混んでるなぁ。」

「日曜ですからね。 ですがこういう場所はこのくらいがちょうどいいですわよ。」

水族館は日曜ということもあってチケットを購入して館内に入ると多くのお客さんで混雑している。

ちなみにチケット代は割り勘にしていて端数を横島が払っていた。

横島としては最近除霊で貧乏を脱出したので奢ってもいいのだが、かおりがその辺きっちりしていて二人で払う時は基本割り勘にしている。

流石に端数まで細かくはしないが。


「綺麗……。」

館内もやはり多くのお客さんで賑わっているが、水槽を美しく見せる為に少し薄暗くしている館内は二人の距離を幾分縮めていた。

先程から離したり繋いだりしている手が再び自然に繋がれたのは、横島も少しそんな状況に慣れてることもあるし館内の雰囲気もあるだろう。

まるで海の中に居るような大きな水槽の前でかおりは立ち止まると、その光景に魅入られてしまうようであった。


「私、こういう場所は学校の行事以外では母としか来たことが無いんです。 父は寺が全ての人間ですから、修行や除霊以外では一緒に外に出たことすらありません。」

耳を済ませば子供達の声が聞こえて来て、かおりはそんな子供達と楽しげに話す親御さんのこえも聞こえる。

魚の種類を聞いたりどんな魚なのかと話したりする親子の声に、かおりはふと昔を思い出してしまったのか幼い頃の話を始めた。

以前から何度か説明しているかおりと父の関係だが、かおりがそれを横島に明確に話したのは初めてである。


「最初は母が私を休日に遊びに連れて行くことも父は怒っていたようですが、母がそこだけは折れなかったと聞きました。 水族館も動物園も遊園地も外食も全て母と二人で行きました。 今更父と来たいとは思いませんが昔は家族揃って遊びに行く子が羨ましくて仕方ありませんでしたわ。」

それはよく言えば英才教育と言えるし悪く言えば親のエゴとも言える典型的な親であった。

ただ宗教家という立場がかおりの父は強かったらしく、あまりに偏った価値観は父大樹とは真逆かもしれないと横島は思う。

世の中ではそのような英才教育を美談や成功例のように語るが、そんな目に見える華やかな結果の裏にどれだけの失敗と挫折が隠れているのかと思うと英才教育も良し悪しだなと感じる。

成功例の一員と言えるかおりですらこの様子なのだから、結局はあまりに極端なことをすれば何処かに歪みが生じるような気がした。


「横島さんと会うようになってから時々思うんです。 仕事とは何か、霊能とは何か、そして家族とは何かと。」

そのままかおりは淡々と自分の中に秘めていた想いを吐き出すように語っていくが、世の中と自分の父親が矛盾してるというか解離してることに横島と会えば会うほど思い知らされているというのが現状なのだろう。

かおりにとって父は闘竜寺の住職であり霊能者としての師匠ではあるが、家庭の父親ではないというのが彼女の偽らざる本音でありささやかな抵抗である。

横島とかおりの父の違いは大きいが一番かおりを揺さぶっているのは、霊能力やGSに対する価値観だろう。

横島にとって霊能はちょっと変わった技能の一つでしかなくそれ以上ではない。

そんな横島が霊能者ならば誰もが崇めるような小竜姫に気に入られている状況は、かおりにとって衝撃以外の何物でもなかったのだから。


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