その一

「そうだ、弓さん映画行きません?」

その後おキヌ達と別れた横島とかおりだが何となく二人になると、横島がかおりを先日の風邪のお礼にと映画に誘っていた。

あれから横島としてもお礼をと考えたらしいが、横島のセンスでは物はあげれないので無難なのが映画である。

前にかおりから誘われて行った時、かおりが興味ありげに今話題の映画の予告のポスターを見ていたことを覚えていたという理由もあるが。


「ええ、いいですわね。」

それはかおりにとってはあまり予期してなかった展開で基本的に日頃二人で出掛ける時はかおりがイニシアチブを握っていたので、横島から誘われたことに少し驚きを感じていた。


ちなみにおキヌ達が帰ったのは本当だが、若干二人に気を使っていたのは言うまでもない。

一応横島としては友達だというスタンスを崩しては居ないものの、どちらかと言えばかおりの態度がすでに友達を越えつつあるのはまあ女性から見れば明らかなのだから。

おキヌに関しては相変わらず煮えきらない気持ちがあるらしいが、令子の存在やルシオラの時に逃げたことからこのまま横島が幸せになってくれるならと考えてるようである。

一方かおりは正直そんなおキヌに戸惑いを持っていたし本当にいいのかと考えてはいるものの、結局は原因を聞けない雰囲気なので現状のままになっていた。

そもそも横島とおキヌの関係が仲間意識が強い友達以上恋人未満というのもかおりがどう判断するべきか迷う原因であり、令子とおキヌと横島の微妙な関係を愛子や小鳩から聞いて知ってしまったことも最近は少し悩んでいるが。

正直かおりは自分の行動に刺激されたおキヌがもう少し積極的に動くかと思っていたが、現状でおキヌは横島とかおりを応援するような立ち位置で見てるだけである。

かおりとしては自分が横島をおキヌから奪うような形は本意ではないので、出来ればもう少しおキヌに心を開いて話をして欲しいしおキヌが動いてくれた方が気持ちは楽だったろう。

ただかおりはならば自分もおキヌに合わせて友達以上恋人未満でとは思えない。

恋は戦いだなんて考えてる訳ではないがおキヌのやり方では誰かに取られるだけなのは、横島の側のおキヌへの微妙な態度を見てれば分かることなのだ。

横島とおキヌや令子の間には何か傷になるような過去があるのかとは思うが、それを知らない自分が必要以上に配慮する気は今のところない。

おキヌには横島と会ってることを話したし先日の風邪で魔理にまでバレた以上は、かおりとしては自分の気持ちを隠さず素直に行動するしかなかった。

まあ今さら理由もなく横島から身を引くのが出来ないほど深入りしているだけとも言えるが。


「あら、もうチケット買ってたんですの?」

「どうせ見るならいい席にしたいっすからね。」

さてそのまま二人は映画館に向かうが、かおりはチケットをすでに買っていた横島に少し驚きながらも見直していた。

以前の喫茶店の件でもそうだが、横島から積極的に誘ってはくれないがそれでも考えてくれてることは素直に嬉しい。

加えて基本的にかおりが知る親しい男性は父親にしても雪之丞にしてもどちらかと言えば黙って俺に着いてこいというタイプではあっても、細かな気配りが出来るタイプではないだけに横島の細かな気配りがかおりは何より好きだった。

ぶっちゃけ霊能者として闘竜寺の住職としては父を尊敬するが父親として尊敬するかと聞かれると答えはノーである。

外食も家族旅行もなくあるのは霊能の修行ばかり。

正直自分が生涯の伴侶を選ぶならば優しくても普通の人がいいと幼い頃からずっと思っていたのだ。

雪之丞は父親ほどではなく素直ではなかっただけで意外に優しかったのでまだ良かったが。

元々かおりがプライドの塊のような虚勢を張っていたのも、元を正せば他に何もなかったからに過ぎない。

家族としての想い出もなく友達も居ない。

かおりには霊能しかなかったのだ。

そしてそこから抜け出しつつあるかおりは、自分の目で世の中を見たいと思い始めている。

隣にいる横島と共に。




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