その一

「では私は帰りますわ。 明日の分も作って置きましたから。 あと体調が悪くて食べれないならば必ず電話して下さい。」

結局その後のかおりは横島に夕食を食べさせたばかりか、明日の食事も用意して帰る念の入れようだった。

実は明日も来るべきか迷ったのだが体調はだいぶ回復してるようなので、朝に電話して体調が悪化したならばまた来ることにしてこのまま快方に向かうならば必要ないかと考えたようだ。

正直頼まれてもないのに連日押し掛けるのは少しどうなのとも思う上、あまり出歩くと父親がいい顔をしないという理由もある。


「今日は本当にありがとう。 暗くなったけど大丈夫? なんなら帰りのタクシー代出すけど。」

「霊能者が夜道を怖がっていたら話になりませんわ。」

「いや、でも女の子だし万が一ってことも……。」

そしていよいよ帰ろうとするかおりだが冬の夕暮れは早く外はすでに夜となっており、横島は暗い夜道を帰らせることをしきりに申し訳無さげにしていたがかおりは霊能者であり夜道を怖がるはずもない。

今日立て替えていたお金を清算するついでにタクシー代もだそうとする横島であるが、かおりは受けとる気はなく必要ないと言い切る。


「お気持ちだけで結構ですわ。 本当に大丈夫ですから。」

「しかし世話になりっぱなしで歩いて帰すのもなぁ。」

「困った時はお互い様でしょう? まあどうしてもとおっしゃるなら今度食事でもご馳走して頂けたらいいですわ。」

横島としては心配な上に散々世話になったのだから何かしらの形でお礼をしたいようだが、かおりとしては雪之丞の件のお礼もしてないのに過剰なお礼は受け取れなかった。

それに下手に気を使われ過ぎるのは好きではないので、今度食事でもと新たな約束をすることで横島を納得させることになる。



「月曜には一文字さんにお礼を言わなくてはなりませんわね。」

それから横島の部屋をあとにしたかおりは、今日一日のことを思い返していたが冗談抜きにして魔理に教えてもらわなかったらと思うとゾッとしてしまう。

自分が来なくても愛子は来ただろうから大丈夫だったのかもしれないが、自分と愛子の数時間差が明暗を分けるなんて可能性もゼロではない。

横島に関しては日常生活がお世辞にもいいとは言えないことを知ることが出来たこともプラスだった。


「今度は元気な時にでも……。」

結果としていろいろ考えさせられる一日であっが、横島のアパートがすっかり見えなくなった頃にふと振り返るとまた来たいという思いが込み上げてくる。

これから冬は寒くなり外で会うのも毎回何処かの店に入るのも大変なので、案外横島の部屋でビデオでも借りて見るなんてこともいいかなと思っていく。


「この部屋こんなに静かだったか?」

一方かおりが帰ったあとの横島は、部屋から自分以外の人の気配が消えたせいか無償に静かな部屋にどこか落ち着かない心境に少し戸惑っていた。

洗ってくれた洗濯物やかおりが座っていた場所を無意識に眺めては、彼女の優しさが胸に染みてくる気がする。

幽霊時代のおキヌを除けばここまでしてくれた女性は初めてであり、思わず明日も来て欲しいと言いそうになってもいた。

優しさの意味を勘違いしてはダメだと改めて自分に言い聞かせるように心に刻みつつ、当たり前の生活に戻ることになる。



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