その一

それからかおりは病院の近くにあったスーパーで買い物をしていくが、先程風邪薬を探すときに見た横島の家で使えるのは米と調味料くらいしかない。

とりあえず昨日から食べてない横島にはお粥でいいのだろうが、夜はきちんと栄養がある物が好ましいので野菜類や肉にフルーツなども一通り買っていく。


「全くあの人は。」

ただ先程料理をすると言ったとき本当に驚かれたのが少し面白くないかおりは若干不機嫌である。

横島が他人にあまり期待してない事実は今更ではあるが、この状況で自分の昼食だけ買いにいく訳などないのは考えなくても分かるはずなのにと思うと納得がいかない。

しかしそんなことを考えつつも横島の為にと買い物をする姿は恋する乙女のようであり、学校のクラスメートなんかが見たら驚愕するだろう。

下手に見栄をはる必要もない横島と一緒に居るのが最近当たり前のようになりつつあり、それと以前の自分のギャップが本人も気付かぬうちに広がりつつある。


「ご飯くらい炊いて行けばよかったですわね。 ところでどうしたのですか?」

そして買い物を終えたかおりはついでに病院近くの薬局で体温計も購入し横島を連れてアパートに戻ると、横島を布団に寝かせさっそく食事の支度を始めるが布団に入った横島がじっと自分を見ていることに気付いたかおりは気になり声をかけた。


「いや、ごほごほ……特には。 ただ綺麗だなあと。」

「なっ、何を突然言い出すのですか!?」

一方注射が効いてきたのか少しは楽になった横島は特にやることもないのでなんとなくかおりを眺めていたが、黒い艶やかな髪をしたかおりの後ろ姿に素直に見惚れていた。

時折見える横顔は真剣ではあるが、かつて見たような冷たさはなく暖かみのある美しさなのだ。

ただ男性に真剣に綺麗だと言われなれてないかおりは、あまりにストレートな言葉に顔を真っ赤にして照れてしまう。

そもそもかおりはの元カレの雪之丞はかおり同様に素直になれない性格なので綺麗だとか可愛いと言ったことはない。

実家にいる父の弟子達がそんなこと言うはずもなく、男を遠ざけるようなプライドの高さを全面に押し出したかおりに面と向かって綺麗だと言ったのは以前に冗談混じりに言った横島が初めてだったりする。

しかも今回は熱のせいかおちゃらけた雰囲気ではなく真剣に言うものだから、かおりはどう返していいか分からず慌ててしまったらしい。


「イタッ!?」

「だっ大丈夫っすか! 今文珠を……。」

「えっ!? ダメですわ! そんな体で霊能を使うなんて!!」

相変わらず熱でどこかおかしい横島の何気無い一言であるが今回は包丁を使っていた時であり間が悪かった。

慌てたかおりはどうも指をほんの僅か切ってしまったらしくつい痛みを訴える声を上げると、今度は横島が慌ててしまいすぐに文珠を作ろうとするも血相を変えたかおりに必死に止められてしまう。

かおりもよほど焦っていたのだろう、霊力を集中させようとした横島の右手を両手で握り抱き締めるように自分の胸元に引き寄せると、今までに横島が見たことがないほど顔色が真っ青になっている。


「そんな体で文珠のような霊力を大量に消費する技を使ったら大変なことになります! 知らないのですか!?」

「えっと、そうなんっすか?」

「体調が悪いときは霊力は使っては絶対ダメですわ!!!」

そんなあまりに血相を変えたかおりを横島は意味が分からないと言わんばかりに呆然と見ていたが、そもそも横島は知らないが霊力は魂の力であり人の生命力にも直結しているので風邪や病気などで体調が悪いときに使ってはならないのは霊能者ならば誰でも知るような常識だった。


「でも……。」

「でももヘチマもありません! ダメですわ!!」

横島としては自分は大丈夫だと思ったようだが、かおりは言い訳も何も聞かないと言わんばかりに絶対に認めないと語気を荒げると横島には成すすべなどなく素直に頷くしか出来ない。

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