その一

「まったく、変なこと言ったタイミングで寝ようとしないで下さい!」

その後タクシーは近くの総合病院である白井総合病院に到着していた。

先程まるで気を失うように目を閉じてしまった横島であるが、起きてるのがツラいので寝ようとしただけであった。

思わず涙を流しそうだったかおりは慌ててハンカチで拭き誤魔化したが、タクシーの運転手にはバッチリ見られていて会計の時にニヤニヤとされている。


「あー、すんません。 ごほごほ……なんか熱で頭が朦朧としてて。 俺なんか言いましたっけ?」

「なんでもありませんわ!」

横島がかおりに見とれ心から感謝したのは確かだがそれを口に出したつもりはないらしく、横島はまさか声に出てたとは思ってもないらしい。

もちろんかおりとしても横島が口走った内容を本人に伝えるようなことなど出来るはずもなく、やり場のない憤りを感じているようだ。

尤も不快という訳でもなく照れてるようにしか見えないが。


「風邪だね。 熱も三十九度まで上がってるしいくら君でも寝てれば治るほど甘くはないよ。」

この日は土曜で時間はお昼に差し掛かる頃なので病院は相変わらず混雑していたが、ちょうどロビーに横島が顔馴染みの白井院長が居たことから昼休み前に見てもらえた。

横島とは令子の仕事で何度か会っているし過去には横島自身もお世話になっているので慣れた様子だが、風邪を甘く見て寝てれば治ると思ったと口にする横島には呆れている。


「しかも食欲がなく昨日からドリンク剤だけだったなんて呆れて物が言えないよ。」

加えて横島は昨日から体調が悪化していたらしく学校を帰されたあとは素直に寝てたらしいが、家にある食料がラーメンとレトルトカレーだけだったので流石に食べる気にならずに以前買った栄養ドリンクと水だけで寝ていたらしい。


「ごほごほ……面目ないっす。」

「美人の彼女に心配かけるんじゃないよ。」

「いや、彼女じゃ……ごほごほ。」

診察を終えた横島は注射をされながら白井院長に説教されているが、足元がふらついてる為にかおりが付き添いとして一緒に診察を見届けている。

明らかに心配げなかおりに白井院長は何故横島はいつも美人とばかり一緒なんだと内心で不思議に思いつつも、横島をたしなめるようにかおりを彼女だと言うと横島は残念そうに否定しかおりは少し恥ずかしげに視線を逸らす。


「ほう、それはそれは。 薬は出しておくから必ず飲むように。 あとは消化によくて栄養あるものを食べさせなさい。」

若いなと言う言葉が今にも出そうな白井院長だがそれを飲み込むと意味ありげな笑みを浮かべて、横島にではなくかおりに薬の説明やきちんと食事を取るように言う辺り年の功と言ったところか。


「横島君、自分が本当に困った時にすぐに駆けつけてくれる人が居ることを理解しなさい。 君は少し頭が悪すぎるようだからね。」

結局は風邪であり注射もしたので時期に体調は改善するだろうと知るとかおりは心底ホッとした様子で白井院長に頭を下げるが、白井院長は二人の帰り際に横島に意味ありげなことを告げていた。

少し横島が羨ましいと内心で思いつつも、白井院長は基本的には腕もいい人格者なだけに放っておけなかったらしい。


「私はちょっと買い物に行ってきますから、横島さんは薬を受け取ったら待ってて下さい。」

「あー、申し訳ないんっすけど……ごほごほ……俺の飯も一緒にお願いしたいんっすけど。 レトルトのお粥とか。」

その後治療を終えた横島は会計と薬を受けとる為に病院のロビーで待つことになるが、かおりがこの間に買い物に行くからと告げると横島は申し訳なさげに自分の食事も頼んでいた。

しかしかおりは元々横島の食事を作る材料を買いに行くつもりなので、この人は何をわざわざ言うんだろうかと一瞬不思議そうな顔をする。


「あの、私は横島さんの食事を作る材料を買いにいくんですが? 私の作った物は嫌だと?」

「へっ? ごほごほ……。 まさか、作ってくれるんっすか!? てっきり弓さんは自分のお昼を買いに行くものだとばっかり。 ごほごほ……。」

この時かおりは少し考えて遠回しに自分が作るのを拒否されたと感じたらしく不満げになるも、横島は横島でまさかかおりが自分なんかの為にそこまでしてくれるとは思ってもいない。




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