その一

「ちょっと、横島さん! 大丈夫ですか!?」

心配して部屋にまで上がり込んだものの、まさか本当に電話や来客が来ても気付かぬほど寝込んでいるとは思わなかったかおりは、慌てて駆け寄ると額に手を当てて熱を計るがあまりの熱さに顔色を変えてしまう。

これはすぐに冷やさないとダメだと思うと台所にあった洗面器に氷水を作るとタオルで頭を冷やし、氷枕でも作れないかと台所を探すが横島の部屋にはそんなものはない。

ならば薬や体温計があればと今度は部屋の方を探すが横島の部屋にはそんなものがあるはずもなく、出てくるのはエロ本とエロビデオくらいだ。

ちなみにかおりは真面目な家で育ち異性の親しい友達もいないのでエロ本を手に取ることすら初めてであり、学生の身分でこんないかがわしい本を買うなんてと半ば嫉妬めいた怒りを露にするもそんなことをしてる場合ではないと薬や体温計の捜索を続けていた。


「あれ、弓さん? あかんな、弓さんが家にいる幻覚が見える。 どうせなら裸にエプロンで看病してくれる幻覚なら元気でるのに……。」

横島が目を覚ましたのはそんなかおりの家捜しが終わろうとしていた時だった。


「そんな格好で看病する人が居ますか! ってそんなことより目を覚ましたんですわね。 良かった。 風邪薬とか体温計は無いんですか?」

突然聞こえた横島の声にかおりは本当にホッとする一方で、妙な要求をされてしまい思わず顔を赤らめて否定してしまう。

何を考えてるんだと怒りや呆れなど複雑な感情が渦巻くが、同時に友人以上の意識があると初めて感じて少しドキッとしてもいる。


「薬も体温計も無いんっすけど。 あれ? 本物っすか? なんで俺んちに……。」

「横島さんが風邪で昨日かなり具合が悪そうだったと一文字さんから教えて貰ったんですわ。 電話しても出ないし。 心配で……。」

ただ現状はそんな場合ではないのでとりあえず風邪薬をと尋ねるも横島はないと告げると、ここでようやくかおりが本物なんだと気付く。

相変わらず苦しそうな表情であり呼吸も荒い。

かおりは自分が来た訳を話し額のタオルを冷して再び乗せると横島は冷たいタオルが気持ちいいのか少し表情が和らぐ。


「弓さんに心配して貰えるなんて、風邪引いてラッキーっすね。 でも俺は大丈夫ですから。 いつも寝てれば治りますし。」

「大丈夫じゃありませんわ! かなり高い熱です!」

「ゴホゴホ、健康だけが取り柄っすから。」

相当辛いのは見ていて分かるがこの期に及んで風邪を引いてラッキーだと笑う横島にかおりは不覚にもときめいてしまうが、未だに寝てれば治ると口にしたことには怒りしか沸いてこない。

しかも話ながらもかなり苦しそうに咳き込む時まであり、健康だけが取り柄だと語るも説得力などあるはずもなかった。


「病院に行きましょう。 立てますか?」

「……本当に大丈夫っすよ。」

「ダメです。 ほら起きて着替えて下さい。 汗で服が冷たいじゃないですか。」

その後かおりは寝てれば治ると言う横島の言うことなど聞いても無駄だと理解したのか、半ば無理矢理着替えさせて強引に病院に連れていくことにする。





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