その一

「ではまた。 弓さんもまたいつでもいらして下さいね。」

「本日は本当にありがとうございました。」

結局この日横島とかおりは半日ほど妙神山に滞在して小竜姫や斉天大聖と一緒に晩御飯まで食べてから小竜姫送られて東京に戻っていた。

最後まで緊張が抜けきらないかおりは別れ際にも深々と頭を下げていたが、小竜姫はそんなかおりを温かい表情で見つめ妙神山へ帰っていく。


「ふー。」

「大丈夫っすか? 小竜姫様そんなきつい修行したんっすね。」

戻って来たのは待ち合わせをした公園でかおりは小竜姫の姿が消えると、ようやく緊張から解放されたように力が抜けてしまい近くのベンチに倒れるように腰かける。

流石に横島も顔色を変えて心配するが、かおりはその様子から横島が自分の心境などまるで理解してないことを改めて悟っていた。


「いえ修行は非常に有意義な時間でしたわ。 私は霊能の修行を幼い頃からしてましたが、まさかこのような機会を得られるとは……。」

まさか小竜姫に直接修行をつけてもらったばかりか、斉天大聖にまで修行を見てもらったことは霊能者として最高の幸せだとすらかおりは思う。

少々思うところもあるがそれでも仏教の教えを学んでいるかおりからすると宝くじが当たったどころの騒ぎではない。


「いや~、良かったっすね。」

「私は貴方にまた借りが出来たんですね。」

「借りってほどのことじゃないっすよ。 小竜姫様が一度会ってみたいって言っただけっすから。」

ついさっきまでかおりは東京に戻ったらお礼と共に何の予告も無しに突然妙神山に連れて行ったことはきちんと抗議しようとばかり考えてが、いざ戻って来てみるとそれが当たり前のことのように笑う横島の表情に怒る気も失せてしまう。

サプライズでしていいことではないだろうとかおり自身は今でも思うが、よくよく考えてみると小竜姫がそれを認めた以上はかおりが怒るのは筋違いとも言える。

結局残ったのは雪之丞の件に続き横島に借りが増えたという事実だけなのだが、妙神山を親戚の家か友達の家くらいにしか考えてない横島には借りの大きさが伝わってない。


「お願いですからもし万が一またお誘いがあった時には必ず事前に教えて下さいね。 流石に次も正装もせず手ぶらでなんて嫌ですわ。」

まあ横島に妙神山の価値を教えるのは難しくないが、小竜姫があまりそれを望んでないのはかおりも半日ほど居て感じていた。

横島に対する返しきれない借りをどうするかと考えながらも小竜姫が最後にまた妙神山に行くことを許したことから次がある可能性を感じ、かおりはせめて次回はきちんと準備をしていきたいと切実に頼むしか出来なかった。

なんというか小竜姫はGS業界で聞く伝説と違い妙に人間っぽい神様だなと感じたし、夕食前には横島がパピリオと斉天大聖とテレビゲームをしていたのを見た時には天地がひっくり返るほど驚きもしている。

正直少し前の自分ならば妙神山に行ったことを学校で自慢していたかもしれないとも思うも、あまりの事実と現実に言えないなとしみじみと思う。


「帰りましょうか。」

気が付くと街は夕方から夜に変わりつつあり公園の中は外灯の明かりが灯っていた。

ようやく落ち着いたかおりは座っていたベンチから立ち上がるとずっと楽しげに話をしていた横島を静かに見つめる。


「じゃ行きましょっか。 って弓さん!? 」

横島はそんなかおりを見ていつもと変わらぬ微妙な距離で歩き始めるが、かおりは無意識にその微妙な距離を縮めて自然な形で横島の手を握ってしまう。


「勘違いしないで下さい。 少し疲れただけですから。」

触れた手の温もりと見た目からすると意外なほどの逞しさに思わず顔が火照るのを自覚してうつむくかおりを、横島は止せばいいのに過剰な反応をしてまじまじと見つめてしまった。

そんな横島の視線にかおりは顔を背けつつも決して手を離さずに、言わなくてもいい言い訳を口走りまた自己嫌悪に陥る。


「そうっすよね。 家まで送りますよ。」

対する横島はかおりの手の軟らかさに思わず何事かと反応をしてしまったが、うつむき加減で言い訳をするかおりに流石にそれ以上訳を問い掛けることはなく二人はこの日かおりの自宅までそのまま帰ることになる。




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