その一

「かおりはまだ帰って来ないのか?」

「まだ五時じゃないですか。 高校生ですから友達と遊ぶこともありますよ。」

「かおりは闘竜寺の跡取りなのだぞ。 そんなことで勤まると思ってるのか。」

かおりが横島と会っていた頃、実家では父が不満げに母に対してかおりの帰宅が遅いことに文句を付けていた。

ここ最近かおりは横島と会うようになったりして帰宅が遅くなることがあり、父はそれが不満らしい。


「かおりはアナタの操り人形ではないのですよ。 アナタは一度でもかおりの悩みや不満を聞いてあげたことありますか? 宗教家としてや霊能者としてではなく一人の親として。」

闘竜寺は江戸時代から続く由緒ある寺で代々の住職は霊能者としても有名だった。

現在でも八人の弟子を抱えていて、住み込みで寺の修行や霊能の修行をしている。

慈悲深く檀家や近所の住人ばかりではなくオカルト業界でも有名な人物ではあるが、昔かたぎの性格をしているので妻や子に対しては厳しい人だ。


「アナタはいつもそう。 小学校の頃にかおりが友達が出来ないと悩んでも、必要ない修行しろの一点張り。 家族旅行も行ったことが無ければ家族で外食にだって行ったことがない。 全ては闘竜寺と家を守るため。 それほど寺と家が大切ならばやる気のある弟子を養子に迎えたらいいではありませんか。」

対する母は父とは見合い結婚であったが、ごく普通の現代らしい女性だった。

この二人夫婦仲は決して悪くはなく母も忙しい父と共に寺の仕事や弟子の育成など協力して来たのだが、子供の教育方針や将来については意見が対立している。

母は早くから闘竜寺は弟子に継がせるべきで娘には娘の自由にさせるべきだと言って来たのだ。

そもそも闘竜寺は代々弓家が寺を継いで来たが必ずしも血の繋がった子が継いできた訳ではなく、過去に何度か子供が出来ずに養子を迎えたこともある。


「そんなこと許さん。」

「嫌がる娘に無理矢理継がせて上手く行くと思うのですか? あの子が成りたいのは寺の住職ではなくGSなのですよ。」

結局口では勝てないからか父は許さんと言い切ると無言になり話を終えようとするが、母はまるで聞く耳を持たない父に何度目かも分からぬほど言って来たことを告げて父に現実を見るように促す。

幸いなことに闘竜寺には真面目な弟子が多く寺を任せる事が出来る弟子も何人かいる。

実際父は自分でかおりの結婚相手も弟子から選ぶつもりでいるので、実質的に後継者を選ぶつもりで育ててる弟子が何人か居た。


「かおりはそんなこと一言も言ってない。」

「それはアナタが今までかおりの話を一度でも聞こうとしなかったからでしょう? いい加減に自由にしてあげましょうよ。 あの子ならばGSになっても弓家や闘竜寺を貶めるようなことはしませんよ。」

その後も夫婦の会話はかおりが帰宅するまで続くが、父は一人娘に自分の跡を継がせる事だけを楽しみに生きて来たのだ。

母がいくら言っても首を縦に振ることだけはなかった。



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