その一

そのまま映画館に入る二人であるがチケットは洋画のラブロマンス物である。

何の映画にするかも随分悩んだかおりであるが横島の趣味が分からないので、最終的には最近話題の中で自分の好きなものにしていた。


「なんか本当にデートで見るような映画だな。」

映画鑑賞チケットはかおりが出したのでせめて飲み物とポップコーンは自分が出すと見栄を張る横島であるが、先程から横島もかおりも互いに視線を合わせないまま少し奇妙な雰囲気になっている。

それというのも二人が選んだ映画がラブロマンスなことから映画館の中はカップルが多く、正直なところかおりは元より横島も映画館に入ってからかおりを多少ながら意識し始めていた。


「氷室さんとは来たことないのですか?」

「なんでおキヌちゃんが出てくるんだ?」

館内に入りまん中くらいの座席に並んで座るが、周りはやっぱりカップルばかりで普段の横島ならば嫉妬で騒いでいただろう。

そんな中かおりはふと先程から気になっていたことを聞くが、横島とおキヌが映画にも一緒に来たことがないと知ると普通に驚いていた。

実のところかおりや魔理を含めておキヌと親しい友人は横島とおキヌが恋人の一歩手前くらいかと考えていたが、実際には恋人の一歩手前どころか仕事場の仲間か親しい友人程度である。

そもそも横島とおキヌは幽霊時代からの付き合いなので信頼関係はあるが、それに恋愛が加わるのかと聞かれるとそこまで進んでいない。

信頼や友情や愛情が複雑に絡み合った美神事務所において、現状の形を壊してまでかつてルシオラが引いてしまった一線を越えようと出来る人間は居なかった。

かおりはそんなあまりに予想と違った横島とおキヌの関係にただただ戸惑うしか出来ない。



そのまま館内の照明が消えると予告などに続き映画が始まる。

大きなスクリーンと迫力ある音が久しぶりの横島は元よりかおりも普通に映画を楽しんでいくが、隣り合わせで座っているのでちょっと飲み物を取ろうとした瞬間に互いの手が触れてしまう。

それには流石に両者共にビクッと反応してすぐに離してしまうが、両者共に映画など頭に入らなくなるほどドキドキと高鳴る鼓動に固まっていた。

かおりは見た目以上に力強さを感じる手だったことで横島を更に男性として意識してしまうし、横島もまた女性特有の柔らかい手にかおりを女として意識してしまう。

まあ横島の場合はセクハラだとかおりに怒られないかと怯えてもいたが。

なおこのあとかおりは手が触れたところに然り気無く手を置いてみるが、本質的にヘタレな横島は二度と手が触れたところに手を向けることはなかった。


「いや~、いい映画だったな。 誘ってくれてありがとう。」

その後映画を終えると映画の余韻に浸りながら外に出る横島とかおりだが、横島は割りと素直に映画を楽しめた反面かおりは横島を意識するあまり映画に集中出来なかったようである。


「いえ、楽しんで頂けたなら良かったですわ。」

街ゆく人が溢れている繁華街を少し微妙な距離の二人は並んで歩くが、素直に映画を楽しめたという横島にかおりは雪之丞との違いを感じてしまう。

照れ隠しとしての部分もかなりあったと思うが、口を開けば文句を言う雪之丞と横島は真逆と言っても良かった。

互いに認め惹かれていたのは事実であるし素直になれない雪之丞の気持ちをかおりは自身も似たようなものなので理解はしていたが、結局はどこかで霊能者としてのライバル意識から抜け出せなかったのかもしれないとも思う。


「ではまた。」

「おう、気を付けてな。」

そのままこの日は別れて帰路に着く二人であるが、かおりが電車に乗るまで見送った横島が今日は一体何の用事で呼ばれたのかとの疑問に気付くのは自宅に帰った後であった。

ただ雪之丞の件もあってかおりも一人だと辛いだろうから気晴らしだったのだろうと、勝手に解釈してしまうだけだったが。


「次は誘って頂けるでしょうか?」

一方自宅に帰ったかおりは、次回はそろそろ横島から誘ってくれるかと微かな期待を持っていた。

普通に考えて最初は女性である自分が誘ったのだから、次はお礼ということにして誘ってもらえると期待するのは当然だろう。

しかし横島とおキヌの様子を見ると横島にそれを期待するのは無理な気もしている。

結局かおりは初めて触れた手の温もりと力強さに胸を高鳴らせてなかなか寝付けない日になることになる。

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