その一

話が一通り終わる頃になると部屋の窓からは、オレンジ色に輝く空が見え始めていた。

日本海に面したこの温泉旅館の名物は天然温泉と海に沈む夕日らしい。

ちょうど話題が途切れ部屋が無言になった瞬間、窓から差し込む夕日に部屋の空気がほんの僅かだが変わったのをかおりは感じる。


「そういや露天風呂と夕日が売りだったっけ。 せっかくだから話は後にして風呂にしようか。 混浴だったらもっとよかったのにな~」

変わった空気を感じたのか感じてないのかは不明だが、差し込む夕日に横島は名物の露天風呂に行こうと誘うと楽しそうに着替えの準備などを始めた。

ピートやおキヌが賛成して自分の部屋に戻るとかおりもおキヌと一緒に部屋に戻るが、横島達の部屋を出たおキヌの表情は驚くほど悲しそうである。

かおりは先程の空気とおキヌの表情の変化のが気になるが、言葉に出して聞くことは出来ないまま無言だった。


「夕日は横島さんにとって特別なんです」

しばらく会話がないまま露天風呂に入ったおキヌとかおりだが、おキヌが口を開いたのは水平線に夕日が触れそうなほど西の空が夕日に包まれた頃である。

かおりは何も聞かなかったが、おキヌも表情から察したらしくゆっくりと夕日を見つめ言葉を紡ぎ出す。


「特別ですか」

「弓さん、横島さんが気になるんですか?」

特別という言葉にかおりは胸がざわめくのを抑えながら続きを待つが、そんなかおりにおキヌが語りかけた言葉は更にかおりの胸の奥を掻き乱してしまう。


「私は別に……」

「弓さん、最近よく横島さんを見てましたよ。 驚くほど穏やかな瞳でした」

突然の指摘にかおりは思わず言い訳のような言葉を言ってしまうが、おキヌは決して責める訳ではなく優しく自身が気付いていたことを語った。

事前の話し合いから半ば隠すことをやめただけにかおりの変化には誰もが気付いているが、おキヌはその先にある何かを密かに感じていたらしい。

幽霊時代を合わせると誰よりも貴重な経験をしただけに、おキヌはかおりの変化を気付いてしまったのだ。


「きっと事情があるんだと思いますから、私からは何も聞きませんよ。 ただ横島さんの特別な時間の邪魔だけはしたくなかったんです」

戸惑うような困ったようなかおりの表情の変化からおキヌは何か訳があると気付くが、そこは聞かないと言い切りただ横島の特別な時間を邪魔したくなかっただけだと語る。


「氷室さん、私は……」

「いいんですよ。 誰にでも言えないことはありますから」

おキヌは真実に限りなく近くまで気付いていることを悟り、かおりは全てを話そうとするがおキヌは無理をしなくていいと優しく諭す。

そんなおキヌの心遣いがかおりの胸には強く響き、どうしていいか分からなくなる。

おキヌに全てを話したい気持ちもあるし、おキヌが語る特別の意味も知りたい。

少し早いが全てをおキヌに話そうとしたかおりだったが……。


「すごい景色だな!」

その瞬間に魔理が露天風呂に来てしまい、かおりは真実を語るタイミングを逃してしまう。

結局沈む夕日を見ながら露天風呂を楽しむ三人だったが、かおりは特別の意味が気になりそれどころではなかった。



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