その一

「そうか。 なら弓さんは俺が貰ってやろう!」

言いにくそうにぶつぶつと呟く雪之丞に横島はイラッとしたらしく、ニヤリと悪巧みをしてると言わんばかりの笑顔でかおりを貰うと告げる。


「悪い。 頼むわ」

「ちっ! 雪之丞、
これは貸しだからな!」

しかしそんな横島にも雪之丞は苛立つこともなく険しい表情で頼むと告げると、横島は不機嫌そうに雪之丞を睨むと先に店を出たかおりを追う。

店を出る瞬間横島はふと雪之丞の隣の女性が気になり振り返るが、彼女は動揺することもなく雪之丞に穏やかな笑顔を見せ始める。


(なんか……)

この時横島は美人である彼女に、自分が何故か女性として魅力を感じないことに微かな疑問を感じた。

だが今はかおりを追う方が先だと考え慌てて店を出ていく。



「あの……弓さん?」

横島がかおりに追い付いたのは店を出てすぐだった。

苛立ちも悲しみも何もないような虚無のような瞳で、街ゆく人々を見つめて呆然としていたのだ。


「そうだ、ピートでも呼ぼうか? 弓さんピート気に入って……」

「結構ですわ」

無表情で街を見つめるかおりに、横島は元気が出るようにピートでも呼ぼうと言うが拒否されてしまう。

悲しむ女性を慰めるなど横島には無理でありこういう時はピートを頼ろうと考えたのだが、かおりからすると誰にも会いたくないというのが現状だった。


「あのさ、あいつにもなんか事情が……」

「貴方に何が分かるんですの? それとも私が弱ってるだろうとでも考えて、身体でも狙ってるんですか?」

人が行き交う街の片隅で街ゆく人々を見つめていたかおりに横島はない頭を捻ってなんとか言葉をかけるが、返って来たモノは軽蔑と嫌悪の眼差しと言葉である。


「そんなつもりはないって。 いくら俺でも自分がどう見られてるかは分かってるよ」

元々かおりは横島を好きでも嫌いでもなく、ただ興味が全くなかっただけである。

無論横島もそれを理解しており、軽蔑と嫌悪の感情をぶつけられても困ったような表情をする程度だ。

嫌われ慣れてる横島からすると嫌悪や軽蔑も特に珍しいことではない。


「そうやって優しいフリをすれば私が気を許すとでも思ったのですか! 馬鹿にしないで下さい!!」

横島は横島なりにかおりを落ち着かせようとするが、ある意味それは逆効果だった。

雪之丞にはぶつけることが出来なかった感情が爆発しそうなほど溜まっているかおりにとって、横島の存在は火に注ぐ油のようなモノだ。

その怒りのやり場が違うとかおり自身も心の中では理解してるのかもしれないが、それでも止まらなかった。


「貴方のような男は見てるだけで虫ずが走ります! 二度と私の前に現れないで下さい!!」

公衆の面前にも関わらず大声で怒鳴るかおりと横島に、周囲の人々の視線が集まる。

かおりは言いたいことを言い切ると、そのまま横島に背を向けてその場を離れていく。


(まあ、こんなもんだろ。 全く雪之丞のやつ……)

かおりが横島に背を向けた瞬間、横島がかおりに対し【冷】【静】という二文字を使った文珠を発動させていたことにかおりは気付いていない。

その後横島もその場を逃げるように離れていくが、人々からの軽蔑の視線に深いため息をつくしか出来なかった。

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