その二

「氷室さん、私……。」

「きっとこれでよかったんですよ。」

理事長から修行先の噺を聞いたかおりは教室に戻り新たな同僚となるおキヌに声をかけるが、おキヌは笑ってかおりと仕事が出来ることを素直に喜ぶ。


「悔しいですけど私はルシオラさんのこと弓さんみたいに考えられなかった。 比べちゃうんです。 横島さんが意識してなくても。」

そしてお昼休みになると二人は校庭の隅で今回のことや横島とのことを素直に話始めた。


「アシュタロスとの時のこと聞きしたか?」

「ええ、その横島さんに連れられて妙神山に行った時に。」

「やっぱり弓さんは横島さんにとって特別なんです。 私は誘ってもらったことありませんから。 横島さんはルシオラさんのためにアシュタロスと戦ったんです。 臆病でケンカも出来ない人なのに。 私忘れられないんです。 あの時の横島さんが。 ルシオラさんを失って泣き叫んだ横島さんが。」

今思えばお互いに最低限しか話さぬままここに至っていた。

おキヌは年末年始の間にそれなりに気持ちの整理を付けたようであるし、かおりもそろそろ本音を話さねばと思ったのだろう。


「今の横島さんはあの時の横島さんの実力が百パーセントだとすると今は三分の一にも満たないかもしれません。 それだけあの時の横島さんは凄かったんです。 アシュタロスを出し抜き世界を救っちゃったんですから当然ですけど。」

ただかおりはどちらかと言えば聞き役に徹していておキヌの立場から見た横島の過去を聞くことになる。

それがおキヌなりの気持ちの整理とけじめなのだろうとかおりは思うが、今の横島の実力より遥かに凄かったと言うのは流石に驚きを隠せない。


「きっと横島さんは誰かに愛されないとダメなんです。 だから、悔しいけどホッとしても居ます。 横島さんには支えてあげる人が必要なんです。 一人じゃいつか潰れちゃうかもしれません。」

かおりは自分より横島を知ってるおキヌに微かな嫉妬を感じるが、それはおキヌの方が大きいのだろうとも思う。

実際おキヌはかおりに嫉妬しているが、横島がこれで幸せになるならとの想いもある。


「その、どんな人だったんですの?」

「強くてまっすぐで綺麗な人でしたよ。 横島さんの為に躊躇なく命を分け与えて、横島さんもまた彼女の為に命を賭けた。 出来るようで出来ないですよね。 なかなか。」

この時かおりは今まで存在を感じつつも、あまりリアルな実感を抱けなかったルシオラという存在の大きさを改めて感じた。

ある意味前を向きルシオラのことを受け止めてる横島よりもおキヌが感じてるルシオラの存在の方が大きい気がする。

ただおキヌはかおりには言えないが自分も横島の為ならと思うし、実際におキヌは過去に死ではないが会えなくなる覚悟で死津喪比女に特攻している。

しかしおキヌは助かった後に横島を一人の男性として向き合い認め愛せなかった。

令子との関係もあるし横島の気持ちが分からないことなど理由はいくらでもあるが、結局横島の求めに応じたのがルシオラ一人と言うのが結果だ。

機会を失い横島からもルシオラからも逃げた罰なんだとおキヌは相変わらず思っている。


「一緒に頑張りましょう! 私、もう逃げたくないんです。」

「氷室さん……。」

そしておキヌは前に一歩踏み出すことにした。

友達も大切な人も二度と失わぬ為に。

かおりはおキヌの悲しくそれでも精一杯踏み出した一歩に頷くしか出来なかった。


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