その二

その後の大晦日の夜と元旦は家族水入らずで過ごしたかおりに対して横島はアパートで一人だったが、かおりから貰ったご馳走のおかげで独り暮らしをしてから初めてのまともな正月を迎えている。

横島の場合はすでに自分から両親に連絡することすらなかったので正月の挨拶もしてないが、それはいつものことであり何か言えばこっちに来なさいとしか言わぬ母には連絡することすらしてない。

まあ若い男性なんてそんなもをんだといえばそうであり特別仲が悪い訳でもいい訳でもない親子であったが。


「あの人もズルいわね。 困ったら弟子に連絡させるんだから。」

一方かおりは初めての母方の祖父母との正月を迎えていて特に祖父母が喜んでいたが、その一方で母は未だに闘竜寺の弟子からSOSの連絡が来ることに少し呆れていた。

母とかおりが闘竜寺を出て日が浅い時期に一年で一二を争うほど忙しい年末年始を迎えたことで闘竜寺は混乱のピークに達しているらしい。

歴史ある寺なだけに初詣客も多く臨時のアルバイトを雇うほど毎年忙しいが、全て取り仕切っていたのは母で古参の弟子がある程度知ってるくらいなので問題が出ないはずがなかった。

正月は一年のうちでも稼ぎ時であるが同時に問題も多くなり特に大晦日の夜から元旦にかけては初詣客が多く来るものの、その初詣客の路上駐車にゴミのポイ捨てや夜中に騒ぐ馬鹿者などでご近所への配慮は欠かせない。

かおりの父はご近所の評判も良く昨年までは母が正月の前と後の二回ほど頭を下げて歩いていたから良かったが、今年は忙しさからご近所への配慮を忘れていたらしく一部の住人から正月早々に家の前に無断駐車することへの苦情が来ていたらしい。

母としては闘竜寺を出た以上本当は関わるべきではないのだが、我が子のように育てていた弟子からの助けを求められると無下にも出来ずに最低限のアドバイスをしているのが現状になる。

ただ最初の数回ならばともかくもここまで何度もとなると父も弟子が母に助けを求めてるのを理解して黙認してるのは明らかであり、自分で全て問題を処理出来ずにかといって自分では聞きたくないから弟子に聞かせてるよう母を余計に不快にさせていた。

実際問題今まで除霊と僧侶としてのお勤めしかしてない父にその他の雑用なんて出来ないし、寺の運営すら無理なのは考えるまでもないのだが。

しかし父は自分に厳しく他人に優しく根は善人なのだが、その一方でプライドも高い人なので妻と娘に逃げられたとは言えないのだろうし自ら率先して雑用や寺の運営までやるのにはまだ抵抗があるのだろうと母は見ていた。


「こうしてゆっくりしたお正月を迎えられる日がまた来るなんてね。 ご近所に必要以上に気を使わなくてもいいし、もうあの生活には戻りたくないわね。」

そんな母は日増しに闘竜寺への関心と父への愛情が薄れているらしく、闘竜寺から来る連絡にはいい顔をしないが後は気楽で楽しげである。

実際闘竜寺ではご近所や檀家の手前日頃の服装から気を使わなくてはならなかったし、父が立派だと誰からも誉められる一方で母は支えて当然だと特に年配者なんかは見るのでやりがいなんてない状態だったらしい。

まあご近所や檀家の主婦なんかは母の苦労を理解していた人も結構いるし、実際かおりと母が闘竜寺を出たのも父が家庭人として問題だったと理解してる人がそれなりに居ることは救いだが。


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