その二

「仁志さんは相変わらずか。 いい人なんだけどね。」

闘竜寺を出たかおりと母は都内にある母の実家に身を寄せていた。

母は二人兄妹で上に兄が居るが現在は仕事の都合で東京には居らずに母の実家には祖父母が住んでいる。

祖父母は荷物を抱えてやって来た娘と孫に驚くも、怒りが収まらない様子のかおりの母の話を相槌を打ちながら聞いていた。

真面目でいい人であることに変わりはない父だが、かおりの運動会に一度も行かなかったりたまには孫も連れてみんなで旅行でもと行っても来ないので変わり者だという印象は昔からあったらしい。


「だからさっさと別れなさいって何度も言ったでしょう。 そもそも宗教で人が幸せになるなら昔の人は信心深いからもっと幸せになるはずでしょうが。」

ただかおりの父は妻の母である祖母と折り合いが悪く、祖母は融通が利かない父に呆れ父ばかりか宗教嫌いになってしまっていた。

まあ母が昔から愚痴る相手が居ないのでよく祖母に愚痴っていたらしく、今では弓家と母の実家自体が家庭や夫婦の在り方の価値観がまるで違うので仲が悪い。

ちなみにすでに亡くなっている父方の祖母は母に理解を示し父方の祖父や父との関係を取り持つなど気遣いの人であり、夫婦の今があるのは父方の祖母のおかげでもある。

その祖母が亡くなって以降は親戚付き合いも最低限だった。


「かおりはどうしたいんだ? 仁志さんは高校卒業したら寺で修行をさせて早々と結婚させる気なんだろ。」

怒りを爆発させる母とそれに合わせるようにヒートアップする祖母であるが、唯一冷静な祖父は肝心のかおりの意見を尋ねる。

昔からかおりは父と母の喧嘩に口出しすることは父に許されて
おらず、かおりは知らず知らずのうちに自分の意見を言わないような子供だった。

元々父は家庭内でも他の師弟と変わらず扱うので親子という関係というよりは闘竜寺の後継者の弟子としてしか扱ってなく、母がかおりと親子関係を一層気遣い支えてきた過去があるのだ。


「私は……、闘竜寺を継ぐ継がないの前に十年は社会に出て働きたい。 父は霊能者としては尊敬するけど、あんな夫は死んでも嫌。 お爺ちゃんとお婆ちゃんみたいな普通の家庭がいい。」

祖父がかおりに意見を尋ねたことで母と祖母も静になり話を聞くが、現状のかおりは闘竜寺を継ぐかどうか決める前に普通に世の中で働きたいとの想いが強い。

まして思い通りにならないと機嫌が悪くなり怒鳴るような夫など死んでも欲しくないし、はっきり言えば父が考えるような相手との結婚だけは断固する気がなかった。


「そうか、なら今日からここに住みなさい。 明日じいちゃんが闘竜寺に行って話を付けてくる。 陽子もかおりも仁志さんも少し離れて暮らして互いに冷静に考える時間を持つ方がいいからな。」

結局祖父は闘竜寺を継ぐという問題は時期尚早だと判断し、父と母がしばらく別居して様子をみるべきだと判断したようである。

闘竜寺の後継問題ややり方に口を挟む気はないが妻や娘に出ていけと怒鳴る父を祖父も内心では怒ってもいた。

ただそれでもかおりにとっては父であることに変わりはないので、しばらく別居して互いに冷静になる期間が必要だと思うようである。

まあ今までも夫婦喧嘩をして母が実家に愚痴りに来たことはあるが、実は家を出たのは初めてでありこのまま離婚と離別なんてのも十分あり得るのだが。

そもそも今まで母が我慢してきたのはかおりが闘竜寺の後継者としてしか見てない父に我慢していたからで、横島と出会い自由な世界を知ったかおりと父の関係では父が爆発するかかおりが爆発するかのどちらかが時間の問題だったのだ。

それに正直なところかおりは本心では父の価値観と合わないので、どのみち二人が対立するのは避けられなかったという事情もある。

最終的にかおりはこの日から闘竜寺と離れた暮らしをすることになった。



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