あの素晴らしい日々をもう一度

「いくぜ!」

静かなまま動かぬ試合を動かしたのは横島であった。

心眼が今まで破られたことのない結界を解くと、雪之丞は待ってましたと言わんばかりに魔装術を展開する。


「お前は何がそんなに楽しいんだよ!」

「強い奴と戦えることに決まってんだろ。 行くぜ! 接近戦では負けん!!」

そのあまりに嬉しそうな表情に横島は引きつった表情でその理由を尋ねるも、あまりにバトルジャンキーな雪之丞に心底迷惑そうな表情をした。

距離が開けば再び結界を張れる横島が有利だと踏んだ雪之丞は魔装術のスピードを生かして一気に横島との距離を縮めようとするが、心眼が霊波砲を放つと同時に横島は逃げて距離を空ける。


「そうだ、それでいい。 相手に背中を向けずに距離を空けろ。 直接攻撃でなければ防げる。」

明らかにへっぴり腰であり会場からはクスクスと馬鹿にした笑い声もちらほらと聞こえるが、心眼はそんなことなど構わずに横島に指示を出す。


(今の横島さんを捕まえるのは雪之丞さんでは難しいでしょう。 元々横島さんにはスピードにも才能がありましたから。)

雪之丞はあくまでも接近戦をと追うが逃げに徹してカウンター気味に反撃する横島は見た目のへっぴり腰と違い厄介だった。

小竜姫はそんな横島に初めて会った時を思い出している。

当時はシャドーすらコントロール出来なかったど素人の横島であるが、かなり手加減したとはいえ令子も反応出来ない小竜姫の超加速にシャドーが追い付いたのだ。

シャドーとは本人の霊格や能力そのものであり、基本的に本人に出来ないことが出来ることはあり得ない。

あの時も何かのご褒美に釣られていたようだが、言い換えれば火事場の馬鹿力のような命の危機でもないご褒美程度で出せる力だと言うことになる。

元々反射神経もよく小竜姫の竜気の影響で全身の身体能力も上がっている今の横島に心眼がカウンターすらある状況では、雪之丞が横島と接近戦闘に持ち込むのはほぼ不可能だった。


「野郎……」

ただ雪之丞も馬鹿ではないので霊波砲で心眼の攻撃を相殺したり連続霊波砲で横島の足を止めようとするも、結局霊波砲の撃ち合いでは小竜姫の経験を持つ心眼に勝てない。

一撃二撃と相殺出来なかった心眼の霊波砲が魔装術を纏う雪之丞に直撃してはダメージが積み重なっていく。

一応致命傷は避けるものの霊力と精神が消耗する魔装術と霊波砲を併用する雪之丞は、逃げに徹して霊波砲一本に絞る横島より霊力の消費だけを見ても消耗が激しいのは明らかだった。


「戦いはいかにして自分のペースで戦うかが基本だ。 覚えておけ。 あやつが勝つにはリスクがあっても接近するしかないが逆にお主は近付けなければいいだけなのだ。」

「そんな余裕あるか! 怖くて必死なんだぞ!!」

まあ横島も精神的な余裕は全くなく、冷静に雪之丞との戦い方をレクチャーする心眼に文句を付けていたが。

ある意味いままでは結界の中で安全に戦っていただけに、その恐怖は恐らく相当のものなのだろう。


「こうなったら……」

そして雪之丞は最早横島に勝てる可能性が無くなったことを理解して捨て身の最後の攻撃に全てを賭けようとしていた。

例え勝てなくても残りの霊力を全て込めた一撃を当てれば引き分けには持ち込めるかもしれない。

このあとの試合は最早戦えなくなるだろうが、それでもこのまま負けるよりはずっといい。

横島を通して小竜姫の強さは十分理解したし、後は小竜姫がなんとかするだろうと思う。

もしかするとそれは歴史の必然なのかもしれない。

横島の目の前で魔装術を解いた雪之丞は残りの全霊力を右手に集め、最後の賭けに出ようとしていた。
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