あの素晴らしい日々をもう一度

一方横島と雪之丞の試合だが、周囲の予想に反して静かな戦いであった。

横島はこれまで同様に強力な結界を展開して防御に撤するが、雪之丞は魔装術も使わずにただ横島を警戒して対峙しているのみなのだ。


「なかなかやりますね。」

その試合運びは前の試合までの雪之丞の派手な戦い方とは真逆なのだが、一般的に見ると雪之丞が横島に勝てる可能性としては一番高いだろう。


「横島クンの消耗待ちか。 確かにあの作戦しかないわよね。」

小竜姫と令子は見た目や戦い方の割りに冷静な雪之丞に少し驚きながらも関心するが、雪之丞の作戦は横島の霊力や集中力が消耗し結界が途切れるのを待つというらしくないほど慎重な作戦である。

ぶっちゃけ横島の結界は小竜姫の竜気を用いて心眼が術を行使してるので長期戦にも対応は可能だが、肝心の横島は素人なので長期戦には不向きだった。

まあ雪之丞はそこまでは当然ながら知らないが、中からも攻撃が可能なあの結界の攻略を最初から諦め横島の消耗か戦い方が変わるのを待つつもりらしい。

それは一見すると消極的に見えるが雪之丞の立場からすると勝機のある作戦はこれくらいしかなく、何より勝ちにこだわった結果であろう。


「来ないのか?」

「その結界は今の俺では破れん。 ならばお前の霊力が切れるのを待つしかない。 結界さえなくなれば俺にも勝機はあるんでな。」

そして試合の当事者である横島は雪之丞の予想外の戦い方に当然ながら困惑していた。

元々GS試験は霊力が尽きれば勝敗が決まるだけに試合時間に制限はなく、待ちの戦術も全くない訳ではない。

ただしあれだけ暴れていた雪之丞がまさか待ちの戦術を取るとは、横島だけでなく観客も驚いているが。

実際は結界内から攻撃出来る横島が有利だが、雪之丞が最初から攻撃を諦め回避に専念されると横島としても厳しいのは明らかである。

正直横島の動きは戦い方の訓練を積んだものではなく、完全な後衛タイプの術者だろうと雪之丞も観客も思っていた。

要は結界が途切れる前に雪之丞を倒せれば横島の勝ちだが結界が途切れると雪之丞の勝ちだろうというのが大筋の見方なのだ。


「おい、心眼大丈夫なんだろうな!」

「このままでも問題はないが、出来れば長期戦は避けたいな。 こちらも戦い方を変えたいが問題はお主のヤル気次第だ。」

雪之丞の予期せぬ戦術に横島は早くも緊張感から弱気になり、
こそこそと雪之丞に聞こえないように心眼に声をかけるがこれ以上の戦い方は流石に横島も協力が必要のようだ。

心眼がヤル気があるのかと問い掛けると、横島は少し迷いを見せながらも真剣に考え始める。

横島の本音としてはもう免許は取得出来るのだし、怪我をしない程度に済ませて早々に負けたいとも考えていた。

ただしここでそれを口にしない理由はもちろん小竜姫の存在にある。

前の陰念との試合で頑張ったからか試合後は涙も見せずに優しい小竜姫に戻ったが、それでも横島には小竜姫が見た目ほど余裕があるとは思えない。

メドーサの危険性は横島自身もよく理解しているし、ここまで頑張った以上はもう少し小竜姫にいい格好をしたいとの欲もあるのだ。


「俺は何すりゃいいんだ?」

「攻撃と防御は私がする。 お主は相手を見て動けばいいのだ。 近寄り過ぎずに一定の距離を保つだけでいい。 やるか?」

しばらく悩んだ横島の答えは僅かだが前向きなものだった。

当然ながら様々な葛藤はあったがここで小竜姫に失望されるのだけは避けたい。

そんな横島に心眼は作戦を説明するがそれは完全防御の体勢からの脱却であり、心眼を授けた小竜姫も想定してない段階の戦い方である。


「頼むから命だけは守ってくれよ」

全ては横島に判断が委ねられ小竜姫も完全に見守る姿勢だった。

結局横島は微かに震えながらも作戦の変更を決断する。

メドーサも見ているこの状況では、何より自分の精神が長期戦には持たないし心が折れてしまうのだ。

それは正しく苦悩の決断であった。


28/48ページ
スキ