善意と悪意の狭間で

この日の夕食は囲炉裏を囲んでの夕食となっていた。

赤々と熱を発する炭火の中央には年代物らしき鉄鍋がぐつぐつと煮えていて、鉄鍋を囲むように魚や肉の串焼きのが並んでいて油が滴り落ちて香ばしい匂いを放っている。


「いただきます!」

鍋の中身は地元の猟師が捕った猪を使った味噌仕立てのボタン鍋であり、米などの他の食材も基本的には地元の物を使っているらしい。


「うわー、美味しいですね。」

「うむ、美味い。」

シロなんかは懐かしい故郷の味のようだが、他のメンバーは味噌仕立てのボタン鍋は珍しいようで好評だ。

外は早くも氷点下となっていて先程から吹雪になっているせいか、窓に風が吹き付けてガタガタと音がなっている。

旅館内はまだ暖かいがそれでも廊下は肌寒いので、囲炉裏と鍋の暖かさは身に染みるようであった。

例によって横島・カオス・貧・タイガー・雪之丞なんかは争うように我先にとガツガツと料理を食べているが、最早慣れた光景なのか特に気にする者は居ない。


「銀一君はコンサートとかで日本全国行くんでしょう? あちこちで美味しいもの食べてるんじゃないの?」

「よくその勘違いされるんだけど、美味しいもの食べてる時間ないんだ。 飛行機や新幹線で移動して降りた車でコンサート会場に直行だから。 帰りも同じ。 ちょっと時間空けば地元のテレビとかラジオで仕事入るし、まだ一食でも地元の料理屋に入れればマシかな。 下手すると弁当やケータリングで終わりだから。」

ちなみに周りが意外だったのは芸能人である銀一までもが、こんな食事は初めてだと感動していたことだろう。

愛子なんかは不思議そうに芸能人なのだから、よくある旅番組のようにあちこちで美味しいものを食べてるのかと考えていたらしいが現実は違うらしい。


「日程だけならば軍よりキツいな。 我が軍ももっと厳しくするべきか」

地方の仕事は移動中が睡眠時間になるのでまだ楽だと語る銀一の殺人的スケジュールにワルキューレは感心したような表情になると、人間よりも楽なスケジュールの軍ではダメだと感じたのかもっと厳しくするべきかと口にしてジークとベスパは微かに眉をひそめる。


「俺の場合は忙しいのは長くてもあと数年ですから。 芸能人でも普通はここまで忙しくはないですよ。」

ただ銀一も現状の忙しさは何年も続く訳ではなく、それを普通だと受け止められるのは困った様子だった。

実のところ銀一が忙しいのが続いているのは、大樹が勤務する会社である村枝商事や六道家などのスポンサーというか後援が着いたことも一因にある。

なかなか人気だけでは長く続くのは難しいのが現実であった。


「どいつもこいつも……。」

一方この時雪之丞はふと周りを見渡せばピートは相変わらずエミに引っ付かれているし、横島は魔鈴や小竜姫やヒャクメと楽しそうにしていることに気付く。

タイガーはここには来てないが彼女が居ることを考えれば、同年代で自分だけが女っ気がないことに気付き少々ふて腐れている。


「雪之丞も不器用なのよね。 横島みたいにとは言わないけど、もっと優しくしないと彼女なんて出来ないわよ。」

「うるせー、余計なお世話だ。」

「ほら、それがダメなのよ。 そんな言われ方すると女性は引いちゃうでしょう?」

そんな雪之丞に少し呆れた表情を見せながらもダメ出しをしていたのはタマモである。

お世辞にも人付き合いがいいとは言えない雪之丞に面と向かって女性への対応などダメ出し出来るのは、魔鈴以外ではタマモくらいだった。


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