ゆく年くる年・2

そんな夜から一夜開けた次の日からは正月休みも終わり、魔法料理魔鈴では通常営業に戻り仕事に励んでいた。

前日には体力の低下に少し悩んだ横島もとりあえずはいつもの日常に戻っていて、多少考えてる様子ではあるが急激に焦るほどでもないようである。

まあ実際には無力であることへの恐怖はあるが、だからといって生か死かというような世界に戻りたいはずはない。

結局は中途半端ともいえるが極端から極端に走るよりはマシなのかもしれない。

次に御神酒とその効果については一時的なものではなく完全に霊力の底上げになったが、その存在と効果は当然ながら秘密にすることになった。

正直どう考えても世の中には出せない代物であり、魔鈴は一応研究したいと意欲を燃やしているが竜神族の御神酒自体は神界に行かねば造れないだろうと語っている。



「初めまして、忠夫の母です。 ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

「気を楽にして頂いて構いませんよ。 わざわざ出向いての挨拶は不用だと言ったのは私ですから」

一方同じ日横島夫妻の自宅には何故か小竜姫の姿があった。

突然何の連絡もなく普通に訪ねて来た小竜姫に流石の百合子も固まって一瞬思考が停止してしまったが、百合子はすぐに小竜姫を家に迎え入れると緊張した様子でお茶を出して深々と頭を下げている。

実は百合子と大樹は少し前に小竜姫に挨拶に行くべきだと考え密かに魔鈴に相談したことがあった。

その時は魔鈴が小竜姫に直接大樹と百合子の考えを伝えたが、小竜姫はわざわざ遠い妙神山に来なくても近いうちに会う機会があるので待っていて欲しいと魔鈴経由で伝えたことがあったのだ。


「横島さんのご両親には私も一度会いたかったんですよ。 ゆっくり話をしたいのですが、まずは今日来た用件を済ませてしまいましょうか」

相変わらずあまり神族らしくない小竜姫は穏やかな表情で気軽に百合子に話し掛けるが、どうやら訪ねて来た理由もあったようで書類の入った封筒を百合子に差し出す。


「これは……」

百合子自身は小竜姫の話を魔鈴から聞いたことはあるが、オカルトに疎いだけにどうしても世間一般の神族のイメージから抜け出せなかった。

小竜姫がそんな百合子を興味深げに見ている最中に百合子は小竜姫から渡された封筒の中身に目を通していく。


「神族というのもなかなか不便なものなんですよ。 本来は人界への介入は出来ないんです。 もちろん例外はありますが」

小竜姫が百合子に渡したのはザンス過激派によるテロ計画の全容で、ザンス国王の再来日に会わせてふたたびテロ事件を起こす計画である。

そのあまりの内容に百合子の表情が仕事モードに切り替わると、彼女はその聡明な頭脳で全てを悟ったようであった。


「手段は問いません。 その計画を阻止してくれればその過程がどうであれ私の関与するところではありませんから。 ただし私の名は他言無用に願います」

「全てお任せ下さい」

二人がこの件に関して語ったのは本当に最低限の簡素なものだった。

百合子は全ての情報を頭に叩き込むと、万が一にも小竜姫の関与した証拠になりそうな書類をすぐに小竜姫自身に返して終わりである。


「平穏な日常を守るのは本当に楽ではないですね」

「この御礼は必ず…」

「この程度のことは気にしなくても構いませんよ。 こちらにも少々事情がありますから」

そのまま二人はしばらく世間話をしてから小竜姫は帰るが、小竜姫の持参した情報は小竜姫にとっても百合子にとっても無関係の他人事ではなかった。

それもそのはずで今回のザンス過激派のテロの標的にはザンス国王ばかりではなく、令子・おキヌ・西条と一緒に横島の名前もあったのだから。

まあテロリストのメインターゲットは国王と令子であり、横島とおキヌと西条はついでのような扱いではあったが。

ともかく小竜姫としては横島が巻き込まれるのも下手に活躍して注目を集めるのも困るのが本音だった。

相変わらず無自覚ながらに現在唯一神魔を仲介している横島の周りでのオカルト絡みの騒動は、下手をすると神魔界にも問題が飛び火しかねないのが現状なのである。

事態は横島の知らないところで密かに始まっていた。




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