ゆく年くる年

多くの子供達に見守られながら料理を作り始める魔鈴達だが、魔鈴自身は見られることに慣れてるらしく気にするそぶりもない。

そんな孤児院のキッチンだが普通の家庭の一般的なキッチンより一回り以上大きく、どちらかと言えば業務用の厨房の規模に近かった。

ただ冷蔵庫などの電化製品は家庭用であり、冷蔵庫は家庭用の大型冷蔵庫が二台ならんでいて炊飯器も大型の物が三台ある。

キッチンの壁にはコルクボードがあり、毎日のメニューが書かれた紙やスーパーのチラシなんかも貼られていた。

他にはつまみ食いはいけませんと書かれた注意書きなども貼られていて、ここが集団生活の場所なのだと横島に感じさせる。


(なんか、久しぶりに視線が気になるな)

そのまま魔鈴の指示に従って調理をする横島・タマモ・シロの三人だが、子供達からの視線に横島は久しぶりに他人から視線が集まってると実感していた。

高校時代にはいろんな意味で他人の視線が集まっていた横島だったが、卒業後は特別他人の視線など集まらない生活だっただけに久しぶりの感覚である。


(好奇心か? 特に嫌な視線じゃない気がするが……)

子供達の視線に横島は魔鈴がいかに彼らに好かれていたかを実感するが、それは嫌な視線というよりは単純な興味と好奇心だろう。

無論タマモとシロも彼らの視線には気付いているが、魔鈴が後で紹介するからと言ったので子供達にはまだ自己紹介をしてない。

この辺りは魔鈴の経験上、調理前に自己紹介をすると話が長引いて調理が間に合わなくなるから後回しにしたようだ。


(なんか、昔を思い出すな……)

嬉しそうに目を輝かせる者や興味深げに見つめる者など、子供達の反応もよくみると様々であり横島はそんな子供達の表情にふと小学校時代を思い出していた。

懐かしい記憶や忘れたいと思うほど恥ずかしい記憶など思い出は様々あるが、どちらかと言えばほろ苦い思い出が多いと感じる。

男女両方から好かれクラスの中心的な存在だった友人と、同じ行動をしても横島は非難され嫌われた小学校時代の思い出は必ずしもいい思い出ではない。

さて何故横島が今そんな昔のことを思い出したかと言えば、少しだけ似ている気がしたのだ。

中学生くらいの男の子の数人が魔鈴を見つめる瞳が、横島に昔の自分を思い出させていたのである。


(言えない想いか……)

かつて横島には大阪の小学校時代に好きな女の子がいた。

しかし横島はその想いを告げることが出来ないまま終わった初恋だった。

恋だ愛だの自分には似合わないしガラじゃない。

本当に好きだから言えないだろう彼らのその姿は、まるで昔の自分を見てるようだと横島は感じる。


(モテるのも大変なのかもな)

そんな彼らの姿とそれに気付かぬ魔鈴を見て、横島はモテるのも意外と楽ではないのかもしれないと思う。

恋し愛されても答えることが出来ない側も、大変なのではないかと横島はふと考えてしまったのだ。

まあ愛された経験がない横島から見れば贅沢な悩みな気はするが……。

ただ横島が実は自分が考えてるよりも遥かにモテる側なのだという事実に、横島自身が気付く気配は全くない

もう少し勇気があれば、叶った恋もあったのだと横島が知る日はまだ遠いようである。



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