ゆく年くる年

その頃、魔鈴の店にはカオスとマリアが訪れていた


「いつもすまんのう」

相変わらず金がないらしいカオスは、時々ご飯を食べさせて欲しいと頼みに来るのだ

そんな変わらぬカオスだが、魔鈴もまたお人よしらしく嫌な顔一つせずに食事をご馳走している


「どうでもいいが、なんでいつもそんなに金欠なんだ? 肉体労働なんだから生活に困るほどじゃないだろ」

「うむ、金はあれば使ってしまうからのう。 マリアの強化やら研究なんかには金がいくらあっても足りん」

ガツガツと慌てるように三人前は食べたであろうカオスに、出前から戻った横島は不思議そうに貧乏な理由を尋ねていた

何度か肉体労働の仕事に向かうカオス達を見た横島は、貧乏な理由が思い浮かばないらしい


「研究って言っても、ボケて昔のことは忘れてしまったんだろ? 無理なんじゃ……」

「お前も少しは賢くなったかと思えば……。 まあ飯の代金の代わりに少し教えてやろうかのう」

横島の表情は決して馬鹿にしてる感じではなく、普通に純粋な疑問を感じてる子供のようであった

カオスはそんな横島の表情に遥か昔を思い出したのか、遠い眼差しを見せ語り始める


「小僧、無理という言葉は安易に使うものでない。 人の可能性や未来は誰にも分からぬモノじゃ。 もちろん自分にも分からんしのう。 当たり前の言葉ではあるが、無理だと思ったら本当に無理になる。 おぬしなら分かってると思ったがのう」

その時のカオスの表情に横島は驚き魅入ってしまう

それはかつて中世で見た全盛期のカオスのように知性に溢れていたのだから


「おぬしは他人に無理だと言われたらどうする? 諦めるか? ワシは今まで諦めなかったし、これからも諦めるつもりはない。 この身が朽ち果て魂が消滅するまでな」

「じいさん……」

この時、横島はドクターカオスという存在の凄さを改めて痛感していた

それは横島が心に秘めた覚悟そのものだった

だが驚くべきは千年を越えた人生を過ぎてもなお、そんな信念に一切の揺るぎがないことだろう


「忘れたならば、また一から始めればいいだけじゃ。 何も難しいことはない」

時間という枠を越えた存在は横島も小竜姫達で何人か知っているが、カオスの価値観や生き方はまた別の次元であった


「おぬしのような小僧が無理だの無謀だの言うのは百年早いわい。 そんなつまらん固定観念など捨ててしまえ」

最後に横島を挑発するような表情と言葉を残してカオスは帰っていくが、それがカオスなりのアドバイスだったことに横島が気付くのはカオスが帰った後である


「やはりヨーロッパの魔王は健在なのですね」

「魔鈴さん?」

「ドクターカオスは天才過ぎたが故に、人々に理解されぬまま歴史の闇を生きた人ですから。 人知を越える天才であるはずの彼を人々が魔王と呼んだのは、天才の枠に収まらないからかも知れませんね。 彼を天才の基準にすると、あのアインシュタインですら凡人になりますから」

カオスが去った店内では、話を聞いていた魔鈴もまたカオスの凄まじさを感じていた

ドクターカオスは今だに健在であり、そしてこれからも変わらぬだろうと魔鈴は改めて感じていた



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