秋の夜長に……

「横島さん、今日は休んでもいいんですよ」

それは十月の中頃のある日の朝のことだった

いつもと違い微妙に重苦しい空気が支配している魔鈴宅では、少し心配そうな表情をした魔鈴が横島を見つめている


「大丈夫っすよ。 ただ、店が終わったら付き合って下さい」

心配そうな魔鈴と対照的に横島はいつもと変わらぬ表情だが、魔鈴はそれが逆に痛々しくもあり不安になる

そう、二年前の今日はアシュタロスと戦った日なのだ



「おはようございます、美神さん。 早いですね」

「おはよう、おキヌちゃん」

同じ頃美神事務所ではいつもより更に早く起きた令子が、朝食を作ろうとしていたおキヌと顔を合わせていた

横島が去った後から始めた一緒に朝食を食べる日々は今も続いている

流石に仕事の関係で起きれない日もあるが、それでも週の半分は一緒に朝食を食べていたのだ

今日はそんないつもの朝よりも更に早く、まだ朝の六時頃だった


「手伝うわ」

基本的にはおキヌ任せにしている朝食だが、この日は手伝うと告げると言葉少なく朝食を作っていく

二人共に今日が何の日からよく理解している

昨年はそれほど深く考えなかったが、今年は嫌でも考えさせられてしまう

令子もおキヌもそんなあの日を頭に思い浮かべながら、同じ時を過ごしていく

互いにあの日の話は口にはしないが、やはり忘れることなど出来ないし忘れた日など一日もない

横島と形は違うが二人もまたあの日とルシオラを忘れるはずがなかった


テレビではあの日から二年ということで、あの日の特集などが放送されているが去年よりは扱いが小さい

連日報道が加熱してた二年前など忘れたかのような静かな扱いは、世間があの事件が過去のモノへと変わったのと実感するには十分だった



「二年か……」

そして美神美智恵もまた、同じ頃に二年の時間の流れを実感していた

あのあとすぐに生まれたひのめはもうすぐ二歳になる

幼い娘の成長は美智恵にとって何よりも嬉しいのだが、同時に恐ろしくも感じてしまう

美智恵にとっては幸せの象徴とも言える娘の成長だが、横島にとっては憎しみが成長した時間かもしれない

もしも横島が美智恵と令子の一番大切なモノを奪おうとすれば……

そんな未来が見当違いな有り得ないと言いきれない美智恵は、恐ろしくも感じてしまうのだ


「魔鈴めぐみ、私は彼女に感謝しなくちゃいけないのかもしれないわね……」

美智恵にとって魔鈴は本当に複雑な相手だった

令子から横島を奪った諸悪の根源とも言える女だし、横島を過去から未来に繋ぐ女だとも言えるのだ

一時期は本当に憎んだ時もあったが、今にしてみれば横島と一緒に居るのが魔鈴でよかったとも思える

少なくとも魔鈴が居る限り横島の心が憎しみだけに傾く可能性が低くなったのだから

その事が美智恵にとって何よりホッとする事実なのは、皮肉としか言いようがないが……


「今日は気が重いわね」

魔鈴の存在により最悪の未来は避けられるだろうが、美智恵にとって今日この日が気が重いのは変わらないようである



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