（人と関わらない妖怪の実態は、全くと言っていいほど知られてないのが現状ですからね）

長老が語る人狼族の現状に魔鈴は少し複雑な気分になる

そもそも妖怪の実態を正確に調べてる人間など滅多にいない

ごくまれに妖怪の生態などを調べる学者は居るが、それも安全で危険がない一部の妖怪達に限られていた

それに妖怪と直接関わるＧＳや霊能者は基本的に退治する対象として見ており、妖怪の生活状況など誰も知らないのだ


まあ横島や魔鈴のように一部の妖怪と交流を持つ人間も少なからずおり妖怪の実態を理解してる者もいるが、そんな理解ある者は決して第三者に妖怪の実態など話さない

妖怪の実態などが伝われば無害な妖怪が退治されるきっかけになる可能性も高く、良心的な者ほど密かに行動することが普通だった


（長い歴史と深い溝は埋めようがないのかもしれませんね）

魔女としてＧＳとして魔鈴は多くの知識を持ち、妖怪などに関してもよく勉強した自負はある

そん知識も結局は退治する側の一方的な知識だと思うと、人間と妖怪などの壁の大きさを感じずにはいられなかった


「それでは皆の者、シロの帰郷と客人達の来訪を歓迎した宴を始めよう」

たくさんの料理が広場に並んだ頃、長老の挨拶と共に人狼達は山のような料理と地酒で宴会を始める

賑やかでまるで早食い大会のような光景も見える宴会だが、笑顔と笑い声はあちこちから聞こえてくる


「よかったら一杯どうじゃ？」

「あっ、頂きます」

そんな中で長老は横島に酒を進めていた

徳利から注がれる地酒を横島が飲み干すと、長老は満足そうな笑みを浮かべる


「すっかり大人になったのう」

「そうっすね。　あれからいろいろありましたから……」

周りの賑やかな空気とはどこか違う空気が、二人だけを包んでいた

言葉は多くないが、どこかわかり合うような不思議な空気である


「ワシは始めシロを人間の町に出す時に随分迷った。　里の若者は少ないし、人狼の若い女はもうシロしかおらん。　人間の町で万が一何かあれば、ワシはシロの両親に顔向け出来ん」

しばしの無言から口を開いたのは長老だった

長老はシロを東京に出す時の苦悩や葛藤を横島に語り出す

限りなく永遠に近い寿命を持つ人狼は、強い生命力の割に必ずしも繁殖力が強い訳ではない

長寿ゆえに数十年子供が生まれぬことも決して珍しくはないが、それでも昔に比べれば数が減り若者が減ったという

長老の話では日本だけで他にも数ヶ所の隠れ里があるらしいが、どこも似たような現状らしい

そんな中、一番若いシロを人間の町に出すことは相当苦悩したようだ


「だが……、今は町に出してよかったと思っておる。　僅か数年でシロは本当に立派になった」

長老の視線は仲間達に囲まれてるシロへと向いていた

父のカカキを追って里を飛び出した頃を思えばシロは格段に成長して、強く優しくなっている

長老は今は亡きシロの両親を想うと、込み上げる涙を抑えるのに必死だった


「今の姿を一目見せてやりたかった」

かすれるほど小さな長老の呟きに、横島は返す言葉がない

それは里の仲間を本当の家族のように想う祖父のような姿に見えている


「シロをお頼み申す」

「はい」

不安と期待の入り混じった長老に、横島は一言返事をして無言になる

しかしその瞳は長老が今まで見たどの人間よりも、強く暖かい瞳をしていた