梅雨の終わり

「少し周りを見てください。 多くの者が貴女と横島さんを見守ってます。 貴女はもう少し人に頼って生きる事も知らねばなりませんね」

少し考えた小竜姫は、魔鈴ならば分かっているだろう事をあえて告げていた

周りに助けられてる事や自分一人では何も出来ない事は魔鈴も理解しているのだが、それでも魔鈴は自分で出来る範囲は出来るだけ頑張ろうとしてしまうのだ

そんな魔鈴には当然の事をアドバイスするしかない


「小竜姫さま……」

「私などが余計な事を言わないでも、貴女も横島さんも理解してるでしょうね。 まあ焦らない事です。 答えはきっとありますよ」

優しく微笑む小竜姫の笑顔に、魔鈴は心の不安や焦りが少し落ち着いた気がした

困難な現状ではあるが、魔鈴にとって今の環境が幸せなのも事実である

この世に完璧などありはしないのだから魔鈴とて不安になる時はあるが、それでも魔鈴は幸せだった


この後、小竜姫とパヒリオの手料理で妙神山は賑やかな夕食になる

特に宴会などするつもりは無かったのだが、自然と盛り上がり結局宴会のようになってしまう

そんな横島達の笑い声は深夜まで絶える事は無かった



同じ日の夜いつものように除霊をしていた令子だが、予想外に仕事が早く終わったために都内のバーで軽く飲んでいた

落ち着いた雰囲気のバーで一人酒を飲む令子に声をかける男もいるが、例によって全く相手にされない


「マスター、マティーニ一つ」

そんな中で新しく入って来た客の声が聞こえた令子だが、聞き覚えのある声である


「ゲッ! エミ!! なんであんたがここに!?」

新しく入って来た客を横目で確認した令子は、客がエミだった事で嫌そうな顔で声を上げた


「あら久しぶりね令子。 貴女が居るなら来るんじゃなかったわ」

カウンターの奥で一人座っていた令子に、エミは声をかけられるまで気付かなかったらしい

声をかけられた瞬間こちらも嫌そうな顔をするが、令子よりは反応が薄かった


「相変わらず男漁りでもしてるみたいね」

いつものように嫌みをぶつける令子だが、エミは何故か無言のままである


「なんとか言いなさいよ! この色情狂!!」

無視された事に怒りを募らせる令子だったが、その表情はエミから見れば昔とは別人に見えるほど覇気がないものだった


「令子、つまんないプライドなんて捨てたら? 何が一番大事か、本当は分かってるんでしょ?」

エミには今の令子に対して怒りが全く沸く事がなく、それどころか痛々しくすら見えている

あまりの変わりように、エミはつい余計な事を口に出してしまう


「ケンカ売ってるなら買うわよ!!」

エミの言葉は令子を更に逆上させるが、やはり今の令子にエミの心が動く事は無かった


「マスター、騒がしてゴメンね」

エミは令子に応える事なく、一万円を置いて店を後にしていく


(あれが令子だなんてね……)

店を後にしたエミは少なからずショックを受けていた

横島が去った事により令子が傷付く事は想像していたが、一目みただけでわかるほど変わるとは思わなかったのである

プライドが高くあれほど意地っ張りだった令子が、全く別人に見えるほど変わっていた現実に言葉が出ない


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