プロローグ

「横領ねぇ」

 朝、大樹の読んでいる新聞を横から見ると、でかでかと横領事件が書かれている。

「それ、美由紀ちゃんの親父さんの会社だぞ」

「はっ?」

 地元の企業だっただけに馬鹿な奴がいるなと横島は見ていたが、少しテンションの低い大樹の言葉に驚き記事を読む。

「なあ、おとん。この件ってさ……」

「美由紀ちゃんに言うなよ。誘拐はこれ絡みだ。親父さんは会社の経理らしくってな。内定調査をしていたところだったんだと」

 よくある話ではない。とはいえ横領をもみ消すか、美由紀の父になすりつけたかったのだろう。そういう大樹に横島は少し考える素振りをした。

「大丈夫なんか? 追い詰めて……」

「ああ、問題ない」

 あとで復讐でもされるんじゃないかと邪推する横島だが、大樹はちらりと台所のほうに視線を向けて言い切った。小学生の息子には言わないが、両親が少し動いていたのだ。

 乗り掛かった舟だからと調査と追及に後始末まで関与している。

「しかし、忠夫。お前喧嘩なんて出来たんだなぁ」

 父親を信じろと言いたげな大樹は、その件よりも息子が大人相手に喧嘩をしたことに違和感を覚えたままだった。

 悪ガキなので多少の喧嘩はあったが、勝てない相手からは逃げるようなヘタレだったのだ。少なくともこの頃から。

「喧嘩って、股間蹴り上げただけだし」

「友達と喧嘩する時はするなよ。あれは洒落にならん」

 両親共に今は追及するほどでもないと思っているものの、大樹は最低限の注意はするようだ。なまじ喧嘩をしないタイプなだけに加減を知っているか少し不安らしい。

「しねえって」

 そのまま大樹は会社に横島は学校に行く。

「うーす」

 教室はいつにも増して賑やかだった。ガキは朝からテンション高いなと他人事のように見ていた。月曜故に少しテンションが低いのだ。

「横っち、スゲーやん!」

 気だるそうに自分の席に座るとクラスメートが集まってくる。何事かと思ったが、土曜に美由紀を助けた件だった。

 誘拐未遂の事件、あれは新聞にこそ載らなかったものの、当然ながらすぐに噂が広まり大騒ぎになっている。

「うん、まあな」

 未来で濃い人生を送っていたせいか、あの程度のことには慣れっこになっていたものの、平凡な小学校からすると大事件だ。横島少年は一躍ヒーローのように扱われてしまう。



「よう、お手柄少年」

 おだてられて褒められるのは、なんとなく居心地が良くない。昼休み、横島は保健室に逃げ込んでいた。

「先生までそうやっておだてるの止めてほしいっす。分不相応に上げられると落とされるだけでしょうに」

 少しからかうような保険医の佐倉若菜に横島は露骨に嫌そうな顔をした。さすがにクラスメートにはそんな態度を示していないが、横島の経験上、褒められると決まってろくでもないことが起きるからだ。

「なにを枯れているんだ。犯人はヤクザの下っ端だそうじゃないか。大人も見て見ぬふりをするような相手だ。十分立派だよ」

 インスタントコーヒーを飲む横島を探るように見つつ、佐倉若菜は素直に見直していた。

「あんま後先を考えるタイプじゃないんで」

「それでいい。子供が後先なんて考える必要なんてないぞ」

「それって、学校の教育を否定しているような……?」

「なにを学び、なにを学ばないか。決めるのはお前自身だ。人の教えなんて半分も聞いていれば十分だ。小学校で真面目で勉強が出来ても、途中でおかしくなるやつなんて山ほどいるからな」

「すげー、本音っすね」

 小学校の生徒に語ることかと横島は少し首を傾げていたが、横島そのものが本人が思う以上に大人びた一面が見えるから語ったのだろう。

「いや、先生も教師だったんすね」

「当然だ。私は大学まで成績は良かったんだぞ」

「お礼に一言。先生、異性に難ありというが出てるっす。気をつけてくださいね」

「お前は占い師か。なまじ当たるから気になるだろうが」

「ラッキーアイテムはタバコっす。ご健闘をお祈り申し上げます」

 話をしてちょっと気が楽になった横島は、ドギツイ相が見えたので少し助言をして保健室を後にした。

 ちなみに彼女は以前お見合いをしたマザコンに気に入られてしまい、面倒なことになるところであった。

 横島のアドバイスが良かったのか、タバコを吸う姿を相手方の雇った探偵が写真に収めることで、無事に相手の母親に徹底的に嫌われて逃げることに成功するのだが、それは佐倉若菜本人も知らぬままとなる。

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