プロローグ
事件は大騒ぎになっていた。
白昼堂々と少女誘拐事件。なかかなあることではない。
銀一はすぐに通報していたが、警察としても半信半疑だったようで念のため確認のパトカーを出す程度の対応で、それが横島の待つ現場に到着するまで二十分ほどかかっている。
ちなみにもうひとりの犯人は、見ていた通行人たちに取り押さえられていた。
「忠夫、大丈夫かい?」
なにも悪いことはしていないが、助けた少女が横島の服を離さなかったことと犯人のひとりを蹴ったことで横島も警察に連れて来られてしまい、すぐに保護者が呼ばれた。
「おかん、カツ丼美味かった!」
「あほか!」
なお一緒に通報した銀一も事情聴取のため警察に呼ばれていて再会したが、横島がカツ丼は出ないのかと問うと警察官は苦笑いをして二人分を頼んでくれていた。
当然ながら警察がカツ丼を出すなどと言うのはリアルではあり得ない。お手柄小学生へのご褒美なのだろう。
いきなり警察から連絡がきて、慌てて駆け付けた百合子にはカツ丼の報告をしてどつかれてしまうが。
「横島さん、この度はなんと言っていいのやら。ありがとうございました」
百合子はそのまま先に来ていた美由紀の両親と話を始める。横島は警察にあまりいい思い出がないのでさっさと帰りたいが、そうもいかない。
「いえ、娘さん無事でよかったですね」
親同士、挨拶をして事情を説明しつつ話をするが、少なくとも横島は悪いことをした訳ではないので雰囲気は悪くない。
「横島君……、近畿君……」
美由紀の両親と百合子に銀一の母も加わり話が長くなりそうな中、事情聴取を終えた美由紀が出てくる。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
おどおどした様子で声を掛ける美由紀を、イケメンらしくそれとなく気遣う銀一に、横島はこれがモテる男かと感心していた。
一方の美由紀もそんな銀一の一言に嬉しそうにほほ笑む。
「そんじゃ、あとは若い者に任せて帰るか」
あまりにお似合いの二人に、自分が入る隙間はないんじゃないだろうか、そう思う横島は特に他意もなくそう告げると立ち上がる。相手が美女ならばまた違うんだろうが、美少女とは言えるがまだ子供だ。無論、横島も子供だが。ふたりのいい雰囲気を邪魔しないようにと思いつつも、余計な一言があるのが横島という少年だった。
「横島君……」
「ん?」
銀一にあとは任せたと、母である百合子をせっついて帰ろうとする横島を呼び止めたのは美由紀だった。
「……ありがとう」
引っ込み思案な性格で大人しく、横島もあまりしゃべったことのないクラスメートだった。そんな美由紀が帰ろうと下横島に勇気を振り絞って声を掛けていた。
「おお、ひとつ貸しにしとくぞ」
「あんたなぁ。こんな時は銀一君を見習わなあかんって」
顔を赤らめつつまっすぐ見つめて勇気を振り絞った少女に、横島は照れ隠しからかニヤリと悪い笑みを浮かべて発した一言がいろいろと台無しだった。
親同士の話が終わった百合子に思わず頭をはたかれるくらいには。
「うん!」
ただ、美由紀はそんな横島に対しても気持ちのいい笑顔で答えてしまい、横島を動揺させてしまう。
結局、この日はそのまま帰ることになる。事件は犯人も捕まっているし、少年少女たちを何時間も事情聴取するわけにはいかない。
「おかん、今日の夕ご飯はなに?」
すでに東の空に一番星が出ていた。銀一と美由紀たちと別れた横島は百合子と一緒に家路につく。
「アンタの苦手な玉ねぎメインの料理にしようと思ったんだけどねぇ」
一方百合子は疲れたとダラダラと歩く息子を見て考えていた。息子のなにかが変わった。それはとっくに気付いていることだ。
それと今回のことが繋がるんだろうかとふと気になっていた。
「げぇ」
「まあ今日はかんにんしてやるわ」
横島が警察で話したことは多くない。友達がさらわれたから追いかけて助けたと。ただ横島は、犯人が美由紀を狙ったのではないかとも言っている。
美由紀の証言もそれに近いものがあり、怨恨の線で警察では捜査を始めることになった。
ただ、今日は息子を褒めてやろうと思考を止める。
「ラッキー!」
横島にとって今回のことは歴史の誤差にもならない程度の認識でしかない。これが過去としての未来の記憶の中にある自分とこの時代の自分の、分岐点のひとつになるなど思ってもいない。
過ぎ去りし日は戻らない。例え過去に戻っても。
横島がそれを知るのはもう少し先のことになる。
白昼堂々と少女誘拐事件。なかかなあることではない。
銀一はすぐに通報していたが、警察としても半信半疑だったようで念のため確認のパトカーを出す程度の対応で、それが横島の待つ現場に到着するまで二十分ほどかかっている。
ちなみにもうひとりの犯人は、見ていた通行人たちに取り押さえられていた。
「忠夫、大丈夫かい?」
なにも悪いことはしていないが、助けた少女が横島の服を離さなかったことと犯人のひとりを蹴ったことで横島も警察に連れて来られてしまい、すぐに保護者が呼ばれた。
「おかん、カツ丼美味かった!」
「あほか!」
なお一緒に通報した銀一も事情聴取のため警察に呼ばれていて再会したが、横島がカツ丼は出ないのかと問うと警察官は苦笑いをして二人分を頼んでくれていた。
当然ながら警察がカツ丼を出すなどと言うのはリアルではあり得ない。お手柄小学生へのご褒美なのだろう。
いきなり警察から連絡がきて、慌てて駆け付けた百合子にはカツ丼の報告をしてどつかれてしまうが。
「横島さん、この度はなんと言っていいのやら。ありがとうございました」
百合子はそのまま先に来ていた美由紀の両親と話を始める。横島は警察にあまりいい思い出がないのでさっさと帰りたいが、そうもいかない。
「いえ、娘さん無事でよかったですね」
親同士、挨拶をして事情を説明しつつ話をするが、少なくとも横島は悪いことをした訳ではないので雰囲気は悪くない。
「横島君……、近畿君……」
美由紀の両親と百合子に銀一の母も加わり話が長くなりそうな中、事情聴取を終えた美由紀が出てくる。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
おどおどした様子で声を掛ける美由紀を、イケメンらしくそれとなく気遣う銀一に、横島はこれがモテる男かと感心していた。
一方の美由紀もそんな銀一の一言に嬉しそうにほほ笑む。
「そんじゃ、あとは若い者に任せて帰るか」
あまりにお似合いの二人に、自分が入る隙間はないんじゃないだろうか、そう思う横島は特に他意もなくそう告げると立ち上がる。相手が美女ならばまた違うんだろうが、美少女とは言えるがまだ子供だ。無論、横島も子供だが。ふたりのいい雰囲気を邪魔しないようにと思いつつも、余計な一言があるのが横島という少年だった。
「横島君……」
「ん?」
銀一にあとは任せたと、母である百合子をせっついて帰ろうとする横島を呼び止めたのは美由紀だった。
「……ありがとう」
引っ込み思案な性格で大人しく、横島もあまりしゃべったことのないクラスメートだった。そんな美由紀が帰ろうと下横島に勇気を振り絞って声を掛けていた。
「おお、ひとつ貸しにしとくぞ」
「あんたなぁ。こんな時は銀一君を見習わなあかんって」
顔を赤らめつつまっすぐ見つめて勇気を振り絞った少女に、横島は照れ隠しからかニヤリと悪い笑みを浮かべて発した一言がいろいろと台無しだった。
親同士の話が終わった百合子に思わず頭をはたかれるくらいには。
「うん!」
ただ、美由紀はそんな横島に対しても気持ちのいい笑顔で答えてしまい、横島を動揺させてしまう。
結局、この日はそのまま帰ることになる。事件は犯人も捕まっているし、少年少女たちを何時間も事情聴取するわけにはいかない。
「おかん、今日の夕ご飯はなに?」
すでに東の空に一番星が出ていた。銀一と美由紀たちと別れた横島は百合子と一緒に家路につく。
「アンタの苦手な玉ねぎメインの料理にしようと思ったんだけどねぇ」
一方百合子は疲れたとダラダラと歩く息子を見て考えていた。息子のなにかが変わった。それはとっくに気付いていることだ。
それと今回のことが繋がるんだろうかとふと気になっていた。
「げぇ」
「まあ今日はかんにんしてやるわ」
横島が警察で話したことは多くない。友達がさらわれたから追いかけて助けたと。ただ横島は、犯人が美由紀を狙ったのではないかとも言っている。
美由紀の証言もそれに近いものがあり、怨恨の線で警察では捜査を始めることになった。
ただ、今日は息子を褒めてやろうと思考を止める。
「ラッキー!」
横島にとって今回のことは歴史の誤差にもならない程度の認識でしかない。これが過去としての未来の記憶の中にある自分とこの時代の自分の、分岐点のひとつになるなど思ってもいない。
過ぎ去りし日は戻らない。例え過去に戻っても。
横島がそれを知るのはもう少し先のことになる。