プロローグ
「ただいま~」
横島宅は古民家をリフォームしたような一戸建てであった。引き戸の玄関をガラガラと開けると、いつものように声を掛けて自室へと入る。
ランドセルを放り投げた横島は畳の上にゴロンと寝転ぶ。今の横島忠夫は小学三年の横島少年と未来の横島忠夫が融合した形であった。幾分子供っぽいのはそのせいもあるだろう。
『土偶羅、聞こえるか?』
横島は念話を用いて相棒とも言える存在へとコンタクトを取る。土偶羅魔具羅。かつてアシュタロスが創造した兵鬼であり、横島が保有する異空間にある世界の管理体でもある。
それはかつてアシュタロスが天地創造の試作として生み出した世界であった。神魔の最高指導者でも入れない特殊な空間に創造された世界は、アシュタロスの遺産として紆余曲折の末に横島が現在は使っている。
そんな横島だが、現在は少し特殊な存在となっている。美神令子・氷室キヌ・魔鈴めぐみ・犬塚シロ・タマモ・小竜姫・ヒャクメ・ベスパ・パピリオ・ワルキューレ。
そしてルシオラ。彼女たち十一人の魂の欠片をその身に宿している。
それは偶然が生んだ奇跡だった
横島に魂を与えて消滅したルシオラの記憶・経験・能力が、全てそのまま横島に覚醒したのである。
ルシオラ本人の意識が残るほどではなかったが、横島は横島忠夫とルシオラの二人の能力・記憶・経験を持つ存在になったのだ
その後、混迷する世界の終わりが近づく中、とある事件で亡くなった九人の魂の欠片を取り込んだことで、横島は神魔妖人の四種の力を操る世界でただ一人の存在となっている
『聞こえておる。元の次元はすでに消滅した。戻るところはないぞ』
なんとなく理解していたが、横島はその一言に深いため息をついた。
『神魔の監視頼むわ』
会話は多くはない。すでに融合までしたこの時代の自分との分離もやるとなるといろいろ大変な上に帰る場所もない。その現実に横島は疲れたように意識を手放した。
「忠夫、ご飯やで」
目を覚ますと外はすっかり暗くなっていた。居間ではすでに父の大樹がビールを片手に阪神戦のナイターを見ている。
未来の両親よりも若い姿に懐かしさが僅かに込み上げてくる。
「忠夫、あんたが学校で倒れたんやて?」
いつもと同じようにテーブルに付くと夕食となる。いただきますと手を合わせた横島に母である百合子は僅かに鋭い視線で今日のことを問いかけた。
「ボールを避けそこなったんだ」
「はっはっはっ、ドジだな。お前なんか俺の子じゃねえな」
喧嘩して殴られたら殴り返せというような父親だった。笑いながら小ばかにしたように横島を小突くのもいつものことだ。
「気を付けなあかんで」
報告がないことを怒っているのであって、それ以上ではない。何故か東京弁を話す息子に僅かに不思議そうにするが、元々幼い頃の横島は他人が理解出来ない行動が多かっただけに深く追及はしなかった。
「おとん。4-9は来ないよ」
パクパクと夕食を食べつつ、横島は大樹が開きっぱなしの競馬新聞に目を落とした。学校の保険医である佐倉若菜と同じ馬券に赤丸が付いている。
「忠夫、父さんはな。夢を買うんだぞ」
「あんたの夢のために幾ら消えたのかねぇ」
奇しくも佐倉若菜と同じ言い訳で笑う大樹に百合子は飽きれつつも止めない。いろいろと面倒な人物であるが、小遣いの範囲でやるならばいいのだろう。
「私は3-8だと思うけどね」
「俺もおかんと同じ」
百合子自身は競馬をやらない。ただし稼ぐという意味では天才的な嗅覚を持つ。昼間に自身が予想したのと同じ馬を予想したことに横島は驚くも、横島家ではよくあることである。
「どれどれ。あーこりゃ駄目だ。この馬は駄目なんだ」
これだから素人はと呆れるように競馬新聞を見る大樹だが、勝率は百合子の方が圧倒的にいい。密かに3-8をマークすることを心に誓う大樹であるが、百合子と横島にはお見通しであった。
「忠夫、宿題は?」
「未来に置いてきた」
「寝る前にやるんやで」
「うん」
関西人である両親は生粋の阪神ファンだった。今日は阪神が勝っているせいか、機嫌がいい。食後ものんびりと一家団欒を楽しむ。
「忠夫?」
気が付くと横島は窓から見える丸い月を見ていた。どこか大人びた様子で。そのことに気付いた百合子が声をかけるが……。
「おかん、月には女の神様がたくさんおるんやで」
「なんだと!?」
ふと意味のわからぬことを呟く横島に百合子より先に大樹が反応する。
「あなた……」
「俺、モテモテやったんやけどなぁ」
当然ながら百合子にぎろりと睨まれた大樹はしゅんとして大人しくなる。
ただ、横島はそんな両親を見ることなく、どこか懐かしそうに月を眺めていた。
横島宅は古民家をリフォームしたような一戸建てであった。引き戸の玄関をガラガラと開けると、いつものように声を掛けて自室へと入る。
ランドセルを放り投げた横島は畳の上にゴロンと寝転ぶ。今の横島忠夫は小学三年の横島少年と未来の横島忠夫が融合した形であった。幾分子供っぽいのはそのせいもあるだろう。
『土偶羅、聞こえるか?』
横島は念話を用いて相棒とも言える存在へとコンタクトを取る。土偶羅魔具羅。かつてアシュタロスが創造した兵鬼であり、横島が保有する異空間にある世界の管理体でもある。
それはかつてアシュタロスが天地創造の試作として生み出した世界であった。神魔の最高指導者でも入れない特殊な空間に創造された世界は、アシュタロスの遺産として紆余曲折の末に横島が現在は使っている。
そんな横島だが、現在は少し特殊な存在となっている。美神令子・氷室キヌ・魔鈴めぐみ・犬塚シロ・タマモ・小竜姫・ヒャクメ・ベスパ・パピリオ・ワルキューレ。
そしてルシオラ。彼女たち十一人の魂の欠片をその身に宿している。
それは偶然が生んだ奇跡だった
横島に魂を与えて消滅したルシオラの記憶・経験・能力が、全てそのまま横島に覚醒したのである。
ルシオラ本人の意識が残るほどではなかったが、横島は横島忠夫とルシオラの二人の能力・記憶・経験を持つ存在になったのだ
その後、混迷する世界の終わりが近づく中、とある事件で亡くなった九人の魂の欠片を取り込んだことで、横島は神魔妖人の四種の力を操る世界でただ一人の存在となっている
『聞こえておる。元の次元はすでに消滅した。戻るところはないぞ』
なんとなく理解していたが、横島はその一言に深いため息をついた。
『神魔の監視頼むわ』
会話は多くはない。すでに融合までしたこの時代の自分との分離もやるとなるといろいろ大変な上に帰る場所もない。その現実に横島は疲れたように意識を手放した。
「忠夫、ご飯やで」
目を覚ますと外はすっかり暗くなっていた。居間ではすでに父の大樹がビールを片手に阪神戦のナイターを見ている。
未来の両親よりも若い姿に懐かしさが僅かに込み上げてくる。
「忠夫、あんたが学校で倒れたんやて?」
いつもと同じようにテーブルに付くと夕食となる。いただきますと手を合わせた横島に母である百合子は僅かに鋭い視線で今日のことを問いかけた。
「ボールを避けそこなったんだ」
「はっはっはっ、ドジだな。お前なんか俺の子じゃねえな」
喧嘩して殴られたら殴り返せというような父親だった。笑いながら小ばかにしたように横島を小突くのもいつものことだ。
「気を付けなあかんで」
報告がないことを怒っているのであって、それ以上ではない。何故か東京弁を話す息子に僅かに不思議そうにするが、元々幼い頃の横島は他人が理解出来ない行動が多かっただけに深く追及はしなかった。
「おとん。4-9は来ないよ」
パクパクと夕食を食べつつ、横島は大樹が開きっぱなしの競馬新聞に目を落とした。学校の保険医である佐倉若菜と同じ馬券に赤丸が付いている。
「忠夫、父さんはな。夢を買うんだぞ」
「あんたの夢のために幾ら消えたのかねぇ」
奇しくも佐倉若菜と同じ言い訳で笑う大樹に百合子は飽きれつつも止めない。いろいろと面倒な人物であるが、小遣いの範囲でやるならばいいのだろう。
「私は3-8だと思うけどね」
「俺もおかんと同じ」
百合子自身は競馬をやらない。ただし稼ぐという意味では天才的な嗅覚を持つ。昼間に自身が予想したのと同じ馬を予想したことに横島は驚くも、横島家ではよくあることである。
「どれどれ。あーこりゃ駄目だ。この馬は駄目なんだ」
これだから素人はと呆れるように競馬新聞を見る大樹だが、勝率は百合子の方が圧倒的にいい。密かに3-8をマークすることを心に誓う大樹であるが、百合子と横島にはお見通しであった。
「忠夫、宿題は?」
「未来に置いてきた」
「寝る前にやるんやで」
「うん」
関西人である両親は生粋の阪神ファンだった。今日は阪神が勝っているせいか、機嫌がいい。食後ものんびりと一家団欒を楽しむ。
「忠夫?」
気が付くと横島は窓から見える丸い月を見ていた。どこか大人びた様子で。そのことに気付いた百合子が声をかけるが……。
「おかん、月には女の神様がたくさんおるんやで」
「なんだと!?」
ふと意味のわからぬことを呟く横島に百合子より先に大樹が反応する。
「あなた……」
「俺、モテモテやったんやけどなぁ」
当然ながら百合子にぎろりと睨まれた大樹はしゅんとして大人しくなる。
ただ、横島はそんな両親を見ることなく、どこか懐かしそうに月を眺めていた。