プロローグ
この日、帰りの会での吊し上げはなかった。前日にはスカート捲りで散々非難されていたが、この日はそれをしていなかったからだ。
「横島、これが何に見える?」
ただ、横島は帰る前に再び保険室に呼ばれていた。保険医の佐倉若菜が横島の前で三本指を立てた手を見せていた。
「金運と結婚運が絶望的っすね」
「誰が手相を見ろと言った」
ゴツンとげんこつが横島の頭にさく裂した。あまりにどぎつい手相だったのでついつい口に出してしまったらしい。
「頭痛はあるか?」
「殴られたところが痛いっす」
「阿呆、お前の石頭のせいで先生の手の方が痛いくらいだ」
いい加減なように見えて真面目に心配しているらしい。横島は知らないが、あの後もいつもより大人しい横島に担任の光明院静香が心配をしていたという事情がある。
「家に連絡して病院行くか?」
「大丈夫っす。いつものことなんで」
「ふむ、まあ女子の蹴ったボールだしな。大丈夫だろう。もし異変が出たらすぐに病院に行きなさい」
横島は見えた。競馬新聞に赤鉛筆で丸がついているところが。先ほどつい横島が漏らした馬にきちんと赤丸が付いてある。
「当たったら万馬券っすね」
「横島、いいか。先生は夢を買っているんだ」
「お礼、期待してます」
「そういえば、お前、さっきから時々東京弁だな? 本当に大丈夫か?」
「シティボーイになることにしたんっす」
「そういうのはちんちんに毛が生えてから言え」
どっかおかしいと首を傾げる佐倉若菜であるが、とりあえずは大丈夫だろうと横島を開放する。元々ヤンチャでちょっとおかしな子であった横島なだけに判断に迷うようだ。
「横っち、大丈夫?」
「ダメかもしれない。先生にちんちんに毛がないことを見抜かれた」
教室に戻るとすでにクラスメートの大半は帰っていて、夏子と幼なじみの銀一だけが待っていた。やはり心配そうな夏子であるが、唐突におかしなことを言う横島になんとも言えない顔をしている。
「まあいいやん。帰ろうぜ」
小学三年の横島たち。銀一は幾分子供っぽい感じか。深く考えていないようで横島と夏子を引き連れて帰路に着く。
賑やかな町だった。大阪府のとある町。下町のような人情の残る地域だ。横島にとっては代わり映えのしない景色でありながらも、記憶の彼方にある懐かしい景色でもある。
元は三十代の横島であったが、八歳の横島少年と同化したからか、幾分精神年齢が下がっている感じが自身でも感じられた。
さすがにガキのスカート捲りには抵抗感があって止めようと心に決めたが。
「横っち、本当にごめんな」
「気にすんなって。どつかれるのは慣れてるしな」
「やっぱり変やって。なんで東京弁なんやねん」
「俺、今日からシティボーイになるんだ。このままだとお笑い芸人みたいな人生になるからさ」
夏子は相変わらず横島の様子を窺っていた。コテコテの関西人だった横島少年が突然標準語を話し出したのだ。心配して当然だが。
「昨日のドラマの真似か?」
銀一はそんな横島にテレビの影響かと思ったらしい。テレビに影響を受けやすい単純な子供だった。横島少年は。そのせいだろう。
「んっ……」
学校を離れてしばらく歩いていた頃、横島は懐かしい気配を感じた。
「横っちどこ行くねん?」
突然帰路から外れる横島に夏子と銀一も着いていく。裏道などをするすると通る横島がたどり着いたのは、近所でも有名だった幽霊屋敷だった。
「アーメン!」
聖句を唱えた若き唐巣和弘が辺りに漂う悪霊を除霊しているところだった。
「あっ、ゴーストスイーパーや!」
銀一が嬉しそうな声を上げた。人ならざる者を狩るゴーストスイーパー。子供たち憧れの職業のひとつでもある。銀一もあこがれがあるらしい。
ただ横島は額が少し広くなりつつあるものの、まだふさふさな唐巣の頭に驚いていたが。
元気そうだな。と横島は胸の中で呟く。未来ではいろいろとあり親しかった唐巣がここでは生きていて元気だ。そのことが素直に嬉しかった。
ここには未来で失われた全てがある。そう思うと、自分はこれからどうするべきだろうと少し考え始めた。
世界どころか神魔人界を制する力すら今の横島にはある。その力は平和なこの時代にはあまりに危険で争いを呼ぶことになるだろう。
「君たち、危ないから除霊現場には近寄っては駄目だよ」
気が付くと除霊が終わっていた。唐巣は横島たちの存在に気付いていたらしく、歩み寄ると軽く注意をする。
「ごめんなさい」
銀一と夏子が謝るように頭を下げる中も、横島は唐巣を見つめていた。
「ゴーストスイーパーって大変なんっすね」
「えっ、まあ……そうだね」
「頑張ってください」
一言激励した横島は軽く会釈をしてその場を後にする。いつか、また。その言葉を胸に秘めながら。
一方唐巣はただの子供にしか見えない横島に、なにか予感めいたものを感じていた。しかし相手は子供だ。まさかねと思い、特に声を掛けることもなく除霊の後始末に戻った。
「横島、これが何に見える?」
ただ、横島は帰る前に再び保険室に呼ばれていた。保険医の佐倉若菜が横島の前で三本指を立てた手を見せていた。
「金運と結婚運が絶望的っすね」
「誰が手相を見ろと言った」
ゴツンとげんこつが横島の頭にさく裂した。あまりにどぎつい手相だったのでついつい口に出してしまったらしい。
「頭痛はあるか?」
「殴られたところが痛いっす」
「阿呆、お前の石頭のせいで先生の手の方が痛いくらいだ」
いい加減なように見えて真面目に心配しているらしい。横島は知らないが、あの後もいつもより大人しい横島に担任の光明院静香が心配をしていたという事情がある。
「家に連絡して病院行くか?」
「大丈夫っす。いつものことなんで」
「ふむ、まあ女子の蹴ったボールだしな。大丈夫だろう。もし異変が出たらすぐに病院に行きなさい」
横島は見えた。競馬新聞に赤鉛筆で丸がついているところが。先ほどつい横島が漏らした馬にきちんと赤丸が付いてある。
「当たったら万馬券っすね」
「横島、いいか。先生は夢を買っているんだ」
「お礼、期待してます」
「そういえば、お前、さっきから時々東京弁だな? 本当に大丈夫か?」
「シティボーイになることにしたんっす」
「そういうのはちんちんに毛が生えてから言え」
どっかおかしいと首を傾げる佐倉若菜であるが、とりあえずは大丈夫だろうと横島を開放する。元々ヤンチャでちょっとおかしな子であった横島なだけに判断に迷うようだ。
「横っち、大丈夫?」
「ダメかもしれない。先生にちんちんに毛がないことを見抜かれた」
教室に戻るとすでにクラスメートの大半は帰っていて、夏子と幼なじみの銀一だけが待っていた。やはり心配そうな夏子であるが、唐突におかしなことを言う横島になんとも言えない顔をしている。
「まあいいやん。帰ろうぜ」
小学三年の横島たち。銀一は幾分子供っぽい感じか。深く考えていないようで横島と夏子を引き連れて帰路に着く。
賑やかな町だった。大阪府のとある町。下町のような人情の残る地域だ。横島にとっては代わり映えのしない景色でありながらも、記憶の彼方にある懐かしい景色でもある。
元は三十代の横島であったが、八歳の横島少年と同化したからか、幾分精神年齢が下がっている感じが自身でも感じられた。
さすがにガキのスカート捲りには抵抗感があって止めようと心に決めたが。
「横っち、本当にごめんな」
「気にすんなって。どつかれるのは慣れてるしな」
「やっぱり変やって。なんで東京弁なんやねん」
「俺、今日からシティボーイになるんだ。このままだとお笑い芸人みたいな人生になるからさ」
夏子は相変わらず横島の様子を窺っていた。コテコテの関西人だった横島少年が突然標準語を話し出したのだ。心配して当然だが。
「昨日のドラマの真似か?」
銀一はそんな横島にテレビの影響かと思ったらしい。テレビに影響を受けやすい単純な子供だった。横島少年は。そのせいだろう。
「んっ……」
学校を離れてしばらく歩いていた頃、横島は懐かしい気配を感じた。
「横っちどこ行くねん?」
突然帰路から外れる横島に夏子と銀一も着いていく。裏道などをするすると通る横島がたどり着いたのは、近所でも有名だった幽霊屋敷だった。
「アーメン!」
聖句を唱えた若き唐巣和弘が辺りに漂う悪霊を除霊しているところだった。
「あっ、ゴーストスイーパーや!」
銀一が嬉しそうな声を上げた。人ならざる者を狩るゴーストスイーパー。子供たち憧れの職業のひとつでもある。銀一もあこがれがあるらしい。
ただ横島は額が少し広くなりつつあるものの、まだふさふさな唐巣の頭に驚いていたが。
元気そうだな。と横島は胸の中で呟く。未来ではいろいろとあり親しかった唐巣がここでは生きていて元気だ。そのことが素直に嬉しかった。
ここには未来で失われた全てがある。そう思うと、自分はこれからどうするべきだろうと少し考え始めた。
世界どころか神魔人界を制する力すら今の横島にはある。その力は平和なこの時代にはあまりに危険で争いを呼ぶことになるだろう。
「君たち、危ないから除霊現場には近寄っては駄目だよ」
気が付くと除霊が終わっていた。唐巣は横島たちの存在に気付いていたらしく、歩み寄ると軽く注意をする。
「ごめんなさい」
銀一と夏子が謝るように頭を下げる中も、横島は唐巣を見つめていた。
「ゴーストスイーパーって大変なんっすね」
「えっ、まあ……そうだね」
「頑張ってください」
一言激励した横島は軽く会釈をしてその場を後にする。いつか、また。その言葉を胸に秘めながら。
一方唐巣はただの子供にしか見えない横島に、なにか予感めいたものを感じていた。しかし相手は子供だ。まさかねと思い、特に声を掛けることもなく除霊の後始末に戻った。