番外編・ネギまIN横島~R~(仮)
《続・とあるパティシエの憂鬱》
「寒いな……」
見上げると綺麗な星空が見えている。
すっかり夜も吹けてしまいそろそろ日付が変わろうとしていた頃、私は忘れ物を取りに職場である店に向かっていた。
実はこの日は仕事終わりに一人で飲みに行っていたのだが、財布を店に忘れたことに会計の時になって気付いてしまい冷や汗を流してしまった。
幸いなことに馴染みの店だったので次に来た時でいいと言ってくれたが、やはり財布を取りに行かないと落ち着かないので店に戻っている。
「あれ?」
少しほろ酔い気分で裏口から店の鍵で中に入ろうとした私だったが、鍵を開けようとしたら何故か閉まってしまった。
今日は確か新堂オーナーが鍵を閉めたはずなので閉め忘れかと考えると改めて鍵を開けて中に入るが、ドアを開けると厨房から明かりが見えたことに私は驚いてしまう。
「こんな時間にどうしたの? 忘れ物?」
「ええ、財布を忘れまして。 オーナーは例のパーティーのスイーツ作りですか?」
暗い夜道を歩いていた私に厨房の明かりは少し眩しかったが、かけられた声に残っていたのが新堂オーナーだとわかる。
尤もこの店の鍵は私か新堂オーナーしか持ってないので、私が居ない時はオーナーが居て当然ではあるのだが。
室内の明かりに慣れた私が見た物は、この日マホラカフェの横島シェフに習った大福を作っていた新堂オーナーの姿だった。
「貴方でもうっかりなんてことがあるのね」
日頃忘れ物などしたことのない私に新堂オーナーは珍しいと笑っているが、厨房には試作した大福やケーキが何個もある。
「せっかくだし一つ味見をお願いしてもいいかしら?」
とりあえずロッカーに行き財布を探して見つけたことにホッとした私は再び厨房に顔を出すが、新堂オーナーはそんな私に一つの試作品の大福を差し出して味見をしてほしいと告げた。
差し出された大福は見た目は和菓子屋で販売している物と遜色なく、私は柔らかい手触りを確かめつつ一口食べると噛み締めるように味わっていく。
「今日教わった物をよくここまで作りましたね。 ただ横島シェフの物に比べるとバランスがいま一つだと感じます」
それはとても美味しく下手な和菓子屋よりは美味いのだが、今日マホラカフェで試食した横島シェフの作った物には一味足りない。
新堂オーナーもそれを理解してるようでノートに今回の細かなレシピや評価を書いている。
麻帆良の人々は新堂オーナーを天才だと呼ぶが、彼女が見えないところで人一倍努力してることはあまり知られてない。
その類い稀なき才能は当然だが、才能だけで生きていけるほど甘い世界ではないのだ。
「ねえ、貴方の目にあの二人はどう見える?」
僅か数時間でプロ並の和菓子を作り出したオーナーは確かに天才だが、そんなオーナーは少し考え込むように私に意見を求めてくる。
「近衛さんはオーナーと同じく天性の才能の持ち主かと。 あの感性は常人にはなかなか真似は出来ないでしょうね。 横島シェフに関しては才能云々という次元ではない気がします。 洋菓子に限定してもオーナーより上かと思います」
うちの店のスタッフ達が何処まで気付いてるか分からないが、横島シェフの実力は新堂オーナーより確実に上だろう。
新堂オーナーもそれを自覚してると私は見ている。
「はっきり言うわね。 でもそんな貴方だから店を任せられるんだけど」
私は初対面で誘いを断って以降、新堂オーナーにお世辞など言った経験がない。
ダメな時はハッキリ言うし、それが仕事だとも思っている。
そして新堂オーナーもそんな私の言葉を否定しなかった。
「あの人を超えたいって本気で思うわ。 でも多分あの人は越えようとすればするほど超えれなくなる気がするの」
やはりこの人も天才なのだと私はシミジミと感じる。
横島シェフの恐ろしさは、まるで昨日料理を始めたばかりの子供のような柔軟性だと私は見ていた。
新堂オーナーもそれに気付いたからこそ、越えようとすればするほど超えれないと思うのだろう。
実際に経験や技術は積み重ねなければ向上しないが、同時に積み重ねれば重ねるほど柔軟性は落ちていく。
知識や経験から答えを知ってる故に、それ以外の答えが見えにくくなるなると思うのだ。
そういう意味では近衛さんの料理大会の結果は奇跡ではなく、彼から受け継いだ柔軟性の結果なのだろう。
「ならば彼に教わるしかないでしょう。 オーナーと同じく彼も出し惜しみはしないようですから」
超一流の腕前に届きつつある新堂オーナーはそんな自分の形を壊してでも、より高みを目指したいと思っているようだ。
そして横島シェフは新堂オーナーにその先を簡単に見せてしまった。
私は新堂オーナーがもう止まらないと理解している。
「私が初めてあの二人を見たのは納涼祭だったわ。 本当に楽しそうに料理する二人が印象的だった。 もちろん他のみんな楽しそうだったけど、何故かあの二人は違って見えたわ」
私の言葉に新堂オーナーは少し嬉しそうな表情を見せると、そのまま横島シェフと近衛さんを初めて見た時のこと語り出す。
そういえば新堂オーナーがマホラカフェのスイーツをスタッフに買いに行かせて、研究を始めたのは九月からだった。
元々話題の店の研究はするだけに不思議には私も思わなかったが、新堂オーナーがあの二人に何かを感じたのは納涼祭だったのか。
実は料理大会に関しても新堂オーナーは、当初はそこまでやる気があった訳ではない。
それがいつからか突然興味を示し出した訳は、近衛さんが出場すると知ったからなのだろう。
新たな希望に胸を膨らませる新堂オーナーを見て私は彼女がこの先も進化を続けることを確信するが、同時にこれ以上彼女が進化すれば私のような凡人がサポート出来るのか一抹の不安が残るのも確かだった。
私も新堂オーナーに合わせて進化しなければならないのだろうが、私には新堂オーナーと違い明確なビジョンを示してくれる人はいない。
いっそ今日出会ったマホラカフェの宮崎さんにでも弟子入りするべきかと、半ば本気で考えるほど不安だった。
柔軟性を会得するのはいいが、横島シェフの非常識さまでは会得しないでほしいと祈らずにら居られなかった。
「寒いな……」
見上げると綺麗な星空が見えている。
すっかり夜も吹けてしまいそろそろ日付が変わろうとしていた頃、私は忘れ物を取りに職場である店に向かっていた。
実はこの日は仕事終わりに一人で飲みに行っていたのだが、財布を店に忘れたことに会計の時になって気付いてしまい冷や汗を流してしまった。
幸いなことに馴染みの店だったので次に来た時でいいと言ってくれたが、やはり財布を取りに行かないと落ち着かないので店に戻っている。
「あれ?」
少しほろ酔い気分で裏口から店の鍵で中に入ろうとした私だったが、鍵を開けようとしたら何故か閉まってしまった。
今日は確か新堂オーナーが鍵を閉めたはずなので閉め忘れかと考えると改めて鍵を開けて中に入るが、ドアを開けると厨房から明かりが見えたことに私は驚いてしまう。
「こんな時間にどうしたの? 忘れ物?」
「ええ、財布を忘れまして。 オーナーは例のパーティーのスイーツ作りですか?」
暗い夜道を歩いていた私に厨房の明かりは少し眩しかったが、かけられた声に残っていたのが新堂オーナーだとわかる。
尤もこの店の鍵は私か新堂オーナーしか持ってないので、私が居ない時はオーナーが居て当然ではあるのだが。
室内の明かりに慣れた私が見た物は、この日マホラカフェの横島シェフに習った大福を作っていた新堂オーナーの姿だった。
「貴方でもうっかりなんてことがあるのね」
日頃忘れ物などしたことのない私に新堂オーナーは珍しいと笑っているが、厨房には試作した大福やケーキが何個もある。
「せっかくだし一つ味見をお願いしてもいいかしら?」
とりあえずロッカーに行き財布を探して見つけたことにホッとした私は再び厨房に顔を出すが、新堂オーナーはそんな私に一つの試作品の大福を差し出して味見をしてほしいと告げた。
差し出された大福は見た目は和菓子屋で販売している物と遜色なく、私は柔らかい手触りを確かめつつ一口食べると噛み締めるように味わっていく。
「今日教わった物をよくここまで作りましたね。 ただ横島シェフの物に比べるとバランスがいま一つだと感じます」
それはとても美味しく下手な和菓子屋よりは美味いのだが、今日マホラカフェで試食した横島シェフの作った物には一味足りない。
新堂オーナーもそれを理解してるようでノートに今回の細かなレシピや評価を書いている。
麻帆良の人々は新堂オーナーを天才だと呼ぶが、彼女が見えないところで人一倍努力してることはあまり知られてない。
その類い稀なき才能は当然だが、才能だけで生きていけるほど甘い世界ではないのだ。
「ねえ、貴方の目にあの二人はどう見える?」
僅か数時間でプロ並の和菓子を作り出したオーナーは確かに天才だが、そんなオーナーは少し考え込むように私に意見を求めてくる。
「近衛さんはオーナーと同じく天性の才能の持ち主かと。 あの感性は常人にはなかなか真似は出来ないでしょうね。 横島シェフに関しては才能云々という次元ではない気がします。 洋菓子に限定してもオーナーより上かと思います」
うちの店のスタッフ達が何処まで気付いてるか分からないが、横島シェフの実力は新堂オーナーより確実に上だろう。
新堂オーナーもそれを自覚してると私は見ている。
「はっきり言うわね。 でもそんな貴方だから店を任せられるんだけど」
私は初対面で誘いを断って以降、新堂オーナーにお世辞など言った経験がない。
ダメな時はハッキリ言うし、それが仕事だとも思っている。
そして新堂オーナーもそんな私の言葉を否定しなかった。
「あの人を超えたいって本気で思うわ。 でも多分あの人は越えようとすればするほど超えれなくなる気がするの」
やはりこの人も天才なのだと私はシミジミと感じる。
横島シェフの恐ろしさは、まるで昨日料理を始めたばかりの子供のような柔軟性だと私は見ていた。
新堂オーナーもそれに気付いたからこそ、越えようとすればするほど超えれないと思うのだろう。
実際に経験や技術は積み重ねなければ向上しないが、同時に積み重ねれば重ねるほど柔軟性は落ちていく。
知識や経験から答えを知ってる故に、それ以外の答えが見えにくくなるなると思うのだ。
そういう意味では近衛さんの料理大会の結果は奇跡ではなく、彼から受け継いだ柔軟性の結果なのだろう。
「ならば彼に教わるしかないでしょう。 オーナーと同じく彼も出し惜しみはしないようですから」
超一流の腕前に届きつつある新堂オーナーはそんな自分の形を壊してでも、より高みを目指したいと思っているようだ。
そして横島シェフは新堂オーナーにその先を簡単に見せてしまった。
私は新堂オーナーがもう止まらないと理解している。
「私が初めてあの二人を見たのは納涼祭だったわ。 本当に楽しそうに料理する二人が印象的だった。 もちろん他のみんな楽しそうだったけど、何故かあの二人は違って見えたわ」
私の言葉に新堂オーナーは少し嬉しそうな表情を見せると、そのまま横島シェフと近衛さんを初めて見た時のこと語り出す。
そういえば新堂オーナーがマホラカフェのスイーツをスタッフに買いに行かせて、研究を始めたのは九月からだった。
元々話題の店の研究はするだけに不思議には私も思わなかったが、新堂オーナーがあの二人に何かを感じたのは納涼祭だったのか。
実は料理大会に関しても新堂オーナーは、当初はそこまでやる気があった訳ではない。
それがいつからか突然興味を示し出した訳は、近衛さんが出場すると知ったからなのだろう。
新たな希望に胸を膨らませる新堂オーナーを見て私は彼女がこの先も進化を続けることを確信するが、同時にこれ以上彼女が進化すれば私のような凡人がサポート出来るのか一抹の不安が残るのも確かだった。
私も新堂オーナーに合わせて進化しなければならないのだろうが、私には新堂オーナーと違い明確なビジョンを示してくれる人はいない。
いっそ今日出会ったマホラカフェの宮崎さんにでも弟子入りするべきかと、半ば本気で考えるほど不安だった。
柔軟性を会得するのはいいが、横島シェフの非常識さまでは会得しないでほしいと祈らずにら居られなかった。