《報われぬ恋と……》


「いらっしゃいです。 いつものですか？」

俺がこの店に来るようになり早くも半年が過ぎていた。

何年か前の大正ロマンのゲームにでも出てきそうな、落ち着いた何処か懐かしさを感じる外観や店内に似合わぬ賑やかな店。

近くに女子寮がいくつかあるせいかいつも女子中高生が多く、他にも近所の年寄りの集会所代わりになってるような変な喫茶店。

普通の喫茶店によくある中年の親父が読むような週刊誌や漫画なんてのは少なく、代わりに女性向けのファッション誌が並び将棋に囲碁やオセロにトランプなんて物がご自由にどうぞと置いてあるのには最初少し驚いた。

賑やかなこの店で特に友人も知人も居ない俺は少し浮いてるかもしれないが、一人静かに店内の隅でコーヒーとショートケーキを頼み休日の一時を過ごす。

読みかけの文庫本を開き注文を待ちながら店内の賑やかな声をバックミュージックに本の世界へ逃避する。


内気な私が似合わぬようなこの店に通っている訳は店内にほぼ確実に居る一人の少女を見るためだ。

まるでストーカーみたいとだなと数少ない友人には言われたが、私は彼女が働くこの店に来て本を読みながら時折彼女の姿を眺めるだけ。

それも週に一度のほんの一時間ほどなのだから許して欲しい。


「お待たせしました。 ……その本面白いですか？」

「うん？ まあまあかな。 主人公の友人の不器用なとこが少し好きなんだよ。」

「そうですか。 私はいまいち入り込めなかったです。」

彼女は綾瀬夕映。

女子中等部の三年になる子だ。

俺と彼女は以前はよくお互いを図書館島で見かけた程度の関係ながら、最近は読む本の話を少しするようになった。

と言っても注文の品を運んで来てくれた時に一言二言話すだけだったが。

かつては同じように図書館島で本を読むくらいの目立たぬ存在だった彼女も今では有名人だと聞く。

大学部には彼女と友人の女の子を見守る極秘サークルがあると噂に聞くほどに華々しい日々を送っていた。


「おーい、夕映ちゃん。 これどうなってるんだ？」

「ああ、それはですね。」

この店は彼女を表舞台へと導き、彼女が恐らく好きな男性が営む喫茶店だ。

彼女に愛され俺なんかとは別世界を生きるような男性が少しだけ羨ましい。

だが自然と納得出来てしまうのは、そんな彼が作ったこのショートケーキが俺の一番の好物だからだろうか。


「あれ？ お客さん……。」

「横島さん、このお客さんがどうかしましたか？」

「お客さん今日はすごくいい巡り合わせがあるかもしれんぞ。 うーん、そうだな。 いつもよりちょっとだけ遠くにいってみるといい。 きっと何かいいことがあるはずだ。」

幸せな時間はあっという間に過ぎていき俺は会計をして帰ろうとするが、そんな俺を店主の男性はまじまじと見つめて突然妙なことを言い始める。


「すいません。 突然。 でも横島さんは占いも得意なので、もしかすれば……。 まあ、話し半分くらいに聞いていただければきっといいことあるですよ。」

前々から思っていたが少し変な人だと改めて感じて困惑した俺に男性は外れたらごめんなと一言残して行ってしまう。

残された俺に彼女は申し訳なさげに頭を下げつつ、彼への揺るぎない信頼がその顔には現れていた。


「占いか。 人に見てもらったの初めてだよ。」

正直全く信じてなかったが彼も好意から言ったのだろうと理解するので社交辞令的にお礼を告げて店を出る。

しかしどうせ暇だからと以前から買い物に行こうと思いつつなかなか足が向かなかった郊外のショッピングセンターに寄り道した俺は、小学校の時のクラスメートの女の子と出会い二ヶ月後の麻帆良祭で付き合うことになるとはこの時は思いもしなかった。