番外編・ネギまIN横島~R~(仮)
《父と子の狭間で》
「綾瀬君、今晩空いてるかね?」
私の名は綾瀬耕造、青田工業の開発部で勤めているエンジニアの一人だ。
私の勤める青田工業は機械部品などを主に作る中堅企業で日本には星の数ほどあるとは言わないものの、目立った実績もないごく普通の会社だろう。
「はい、予定はありませんが。」
「実は今夜雪広コンツェルンの接待で君に同席して欲しくてね。 先方が君に是非会いたいと指名して来たのだよ。」
私自身も四十過ぎて会社では中堅と言える立場だが、さほど出世してる訳でもなく技術屋一本で生きてきただけに営業など完全に専門外だ。
年の瀬も迫った十二月下旬に差し掛かったこの日、私はなんの前触れもなく社長に呼ばれ滅多に入ったことがない社長室に足を踏み入れていた。
正直何事かと私自身も同じエンジニアの仲間たちも驚いたほどの突然の呼び出しだが、誉められるような覚えなければ叱咤されるような覚えもない。
会社の業績は悪くはないと聞くがまさかリストラかと内心では戦々恐々としていたが、社長から告げられたのは今夜の接待への同行だった。
「もちろん同行させていただきますが、よろしければ私を指名された理由を伺いたいのですが。 恥ずかしながら営業は未経験なものでして。」
「ああ、それは君の娘さんの夕映君が理由らしい。 なんでも優秀な娘さんだそうじゃないか。 雪広グループが主導するプロジェクトのメンバーだと聞いたぞ。 まさか知らなかったのか?」
それが仕事だと言うならば接待でもしなければならないのだし文句などないのだが、雪広グループは営業に疎い私でも知るくらい青田工業の取引先の中ではかなりの部分を占めるお得意様の中のお得意様だ。
下手な失敗や失礼をしては取り返しがつかないのは考えなくても分かることで、私は自身が呼ばれる理由を聞かない訳にはいかなかった。
「まさか、夕映がですか? 何かの間違いでは?」
「娘さんは麻帆良学園に通っていて、雪広グループの社長令嬢とクラスメートだと聞いたが違うのか?」
「確かに夕映は麻帆良学園に通っていて、雪広グループの社長令嬢とクラスメートですが。 まさか……。」
私の緊張が伝わるのか社長は自ら飲み物を入れて話を聞いてくれたが、どうやら社長の話す娘は私の娘である夕映に間違いはないようだ。
「そうか、知らなかったか。 男親なんてそんなものかもしれないな。 私ももう結婚した娘が居るが、学生時代の娘が外で何をしてたかなんて知らなかったしな。」
話を聞いても信じられない様子の私に社長は逆に表情を緩ませて、社長の娘さんの話や先方から聞いた夕映の話を教えてくれた。
社長の娘さんの話は共感出来る話ではあるが、一方で夕映の話はどうしても信じられないというか実感がわかない。
若い料理人の経営する喫茶店でアルバイトをしているとの話はまだ理解出来るが、その料理人の代わりに雪広グループのプロジェクトに参加しているとの話は冗談だとしか思えない。
しかも娘が雪広グループ内で評価され才女だと噂されてると聞いた時には、社長には申し訳ないが騙されてからかわれてるのではと疑ってしまう。
「実は私は亡くなった父とは折り合いが悪かったんです。 娘はそんな祖父になついてましたから。 恥ずかしながら私と娘もイマイチ折り合いが悪くて。」
男親なんてものは娘に疎まれる時期があるものだと慰めるように言葉をかけてくれる社長に私は娘との微妙な関係を素直に話すが、私と夕映の関係は私の父であり夕映の祖父を無くしては語れない。
哲学者だった父は大学の講師をしていたが、私はそんな父が幼い頃より好きではなかった。
休日は一日中自宅の書斎に閉じ籠るなんてことが当たり前だったし、何かにつけて理屈とも屁理屈とも感じる事を言われた印象しかない。
亡くなった母が私と父は根本的な価値観が違うのだと困ったように私と父の間に入り仲裁してくれたが結局父との溝は埋まらなかった。
そもそも私がエンジニアの道に進んだのも元を正せばそんな父への反発が始まりだったと思うし、それは娘である夕映が生まれた後も続いた。
「まさか、あの夕映が……。」
一通り話を済ませた私は今夜の接待に同行する旨を伝えて社長室をあとにして仕事に戻るが、私の知る夕映は間違っても喫茶店でアルバイトをするような性格ではなかったし大企業のプロジェクトに参加出来るようなタイプでもない。
どちらかと言えば内向的で父のように自分の中に世界を作る人間だとばかり思っていたのだ。
「父さんは喜んでいるかもな。」
ふと思い返してみれば私と父が最後に対立したのは夕映の進路だった。
父は小学校入学前から夕映を私立である麻帆良学園に入れたがっていたが、流石にそれは私の仕事の関係から無理で小学校は地元の公立に入れている。
そしてその対立は中学に上がる前にもあり数年前から病気がちで永くはないと悟った父は、自身の遺せる遺産の全てを夕映に譲りその金で麻帆良学園に通わせるようにと私を押しきった。
父とは折り合いが悪かった私だが、年々弱る父の最期の願いかもしれないと思うとそれを承諾せずにはいられなかったと言うのが本音だ。
その後そのことで思い残すことがなくなったのか父は夕映の麻帆良学園入学を前に亡くなってしまうが、私は約束を果たすべく夕映を麻帆良学園に入学させる。
麻帆良学園入学後も成績はお世辞にも良くなくあまり意味があったとは思えなかったが、何かがきっかけで化けたのかもしれない。
実のところ父の遺産は自宅の土地がほとんどで、それを売らない限りは夕映がこのまま麻帆良学園で大学まで卒業するには足りない。
学費や最低限の寄付金などならばかろうじて間に合うが寮生活する費用や生活費を考えると遅かれ早かれアルバイトが必要なのは夕映も理解しているはずだ。
今回の件がそれに関係あるかは分からないが、私はずっと反発し続けてきた父の考えが少しは理解出来た気がする。
「まだまだクビになる訳にはいかないか。」
正直なところ夕映が何を思い働きだしたのか私には理解できない。
私の価値観では学生の本分である勉強をするのが先だろうと思うし、中学生が何をしてるんだと怒りにも似た感情もわいてくる。
しかしそれでも私は父との約束である夕映の進路は自由にさせたいと思うし、麻帆良学園で大学まで通わせるにはまだまだ働かねばならないと思う。
とりあえず今夜の接待を上手く乗り切ることが先決かと考えた私は同期の営業の人間にアドバイスを貰うために営業課に足を向けることにしていた。
「綾瀬君、今晩空いてるかね?」
私の名は綾瀬耕造、青田工業の開発部で勤めているエンジニアの一人だ。
私の勤める青田工業は機械部品などを主に作る中堅企業で日本には星の数ほどあるとは言わないものの、目立った実績もないごく普通の会社だろう。
「はい、予定はありませんが。」
「実は今夜雪広コンツェルンの接待で君に同席して欲しくてね。 先方が君に是非会いたいと指名して来たのだよ。」
私自身も四十過ぎて会社では中堅と言える立場だが、さほど出世してる訳でもなく技術屋一本で生きてきただけに営業など完全に専門外だ。
年の瀬も迫った十二月下旬に差し掛かったこの日、私はなんの前触れもなく社長に呼ばれ滅多に入ったことがない社長室に足を踏み入れていた。
正直何事かと私自身も同じエンジニアの仲間たちも驚いたほどの突然の呼び出しだが、誉められるような覚えなければ叱咤されるような覚えもない。
会社の業績は悪くはないと聞くがまさかリストラかと内心では戦々恐々としていたが、社長から告げられたのは今夜の接待への同行だった。
「もちろん同行させていただきますが、よろしければ私を指名された理由を伺いたいのですが。 恥ずかしながら営業は未経験なものでして。」
「ああ、それは君の娘さんの夕映君が理由らしい。 なんでも優秀な娘さんだそうじゃないか。 雪広グループが主導するプロジェクトのメンバーだと聞いたぞ。 まさか知らなかったのか?」
それが仕事だと言うならば接待でもしなければならないのだし文句などないのだが、雪広グループは営業に疎い私でも知るくらい青田工業の取引先の中ではかなりの部分を占めるお得意様の中のお得意様だ。
下手な失敗や失礼をしては取り返しがつかないのは考えなくても分かることで、私は自身が呼ばれる理由を聞かない訳にはいかなかった。
「まさか、夕映がですか? 何かの間違いでは?」
「娘さんは麻帆良学園に通っていて、雪広グループの社長令嬢とクラスメートだと聞いたが違うのか?」
「確かに夕映は麻帆良学園に通っていて、雪広グループの社長令嬢とクラスメートですが。 まさか……。」
私の緊張が伝わるのか社長は自ら飲み物を入れて話を聞いてくれたが、どうやら社長の話す娘は私の娘である夕映に間違いはないようだ。
「そうか、知らなかったか。 男親なんてそんなものかもしれないな。 私ももう結婚した娘が居るが、学生時代の娘が外で何をしてたかなんて知らなかったしな。」
話を聞いても信じられない様子の私に社長は逆に表情を緩ませて、社長の娘さんの話や先方から聞いた夕映の話を教えてくれた。
社長の娘さんの話は共感出来る話ではあるが、一方で夕映の話はどうしても信じられないというか実感がわかない。
若い料理人の経営する喫茶店でアルバイトをしているとの話はまだ理解出来るが、その料理人の代わりに雪広グループのプロジェクトに参加しているとの話は冗談だとしか思えない。
しかも娘が雪広グループ内で評価され才女だと噂されてると聞いた時には、社長には申し訳ないが騙されてからかわれてるのではと疑ってしまう。
「実は私は亡くなった父とは折り合いが悪かったんです。 娘はそんな祖父になついてましたから。 恥ずかしながら私と娘もイマイチ折り合いが悪くて。」
男親なんてものは娘に疎まれる時期があるものだと慰めるように言葉をかけてくれる社長に私は娘との微妙な関係を素直に話すが、私と夕映の関係は私の父であり夕映の祖父を無くしては語れない。
哲学者だった父は大学の講師をしていたが、私はそんな父が幼い頃より好きではなかった。
休日は一日中自宅の書斎に閉じ籠るなんてことが当たり前だったし、何かにつけて理屈とも屁理屈とも感じる事を言われた印象しかない。
亡くなった母が私と父は根本的な価値観が違うのだと困ったように私と父の間に入り仲裁してくれたが結局父との溝は埋まらなかった。
そもそも私がエンジニアの道に進んだのも元を正せばそんな父への反発が始まりだったと思うし、それは娘である夕映が生まれた後も続いた。
「まさか、あの夕映が……。」
一通り話を済ませた私は今夜の接待に同行する旨を伝えて社長室をあとにして仕事に戻るが、私の知る夕映は間違っても喫茶店でアルバイトをするような性格ではなかったし大企業のプロジェクトに参加出来るようなタイプでもない。
どちらかと言えば内向的で父のように自分の中に世界を作る人間だとばかり思っていたのだ。
「父さんは喜んでいるかもな。」
ふと思い返してみれば私と父が最後に対立したのは夕映の進路だった。
父は小学校入学前から夕映を私立である麻帆良学園に入れたがっていたが、流石にそれは私の仕事の関係から無理で小学校は地元の公立に入れている。
そしてその対立は中学に上がる前にもあり数年前から病気がちで永くはないと悟った父は、自身の遺せる遺産の全てを夕映に譲りその金で麻帆良学園に通わせるようにと私を押しきった。
父とは折り合いが悪かった私だが、年々弱る父の最期の願いかもしれないと思うとそれを承諾せずにはいられなかったと言うのが本音だ。
その後そのことで思い残すことがなくなったのか父は夕映の麻帆良学園入学を前に亡くなってしまうが、私は約束を果たすべく夕映を麻帆良学園に入学させる。
麻帆良学園入学後も成績はお世辞にも良くなくあまり意味があったとは思えなかったが、何かがきっかけで化けたのかもしれない。
実のところ父の遺産は自宅の土地がほとんどで、それを売らない限りは夕映がこのまま麻帆良学園で大学まで卒業するには足りない。
学費や最低限の寄付金などならばかろうじて間に合うが寮生活する費用や生活費を考えると遅かれ早かれアルバイトが必要なのは夕映も理解しているはずだ。
今回の件がそれに関係あるかは分からないが、私はずっと反発し続けてきた父の考えが少しは理解出来た気がする。
「まだまだクビになる訳にはいかないか。」
正直なところ夕映が何を思い働きだしたのか私には理解できない。
私の価値観では学生の本分である勉強をするのが先だろうと思うし、中学生が何をしてるんだと怒りにも似た感情もわいてくる。
しかしそれでも私は父との約束である夕映の進路は自由にさせたいと思うし、麻帆良学園で大学まで通わせるにはまだまだ働かねばならないと思う。
とりあえず今夜の接待を上手く乗り切ることが先決かと考えた私は同期の営業の人間にアドバイスを貰うために営業課に足を向けることにしていた。