その三

船が沖に進んでいく中、船上ではそれぞれが紅茶を飲みながら会話を楽しんでいた

広い海と離れていく陸地の景色を見ながらのお茶会は、難しいことや厳しい過去を多少は忘れさせるひと時になっているだろう


「トイレは何処でしょう……」

みんなが船上でくつろぐ頃、夕映はトイレを探して船内をウロウロしていた

キョロキョロとトイレを探して歩くが、豪華な船内の装飾に夕映は思わず目を惹かれてしまう


「これも横島さんの趣味ではないですね」

船内にはリビングや本格的な厨房は元より寝室まであった

特に寝室にはぬいぐるみがたくさんあり、明らかに横島の趣味ではない


(先程の空母は本物でしょう。 あの大きさの偽物を作る意味などないです。 潜水艦や護衛艦のような船も複数ありました。 横島さんはあれらを何に使ったのでしょう?)

夕映の興味はファンシーなクルーザーから先程の軍艦に向いていた

夕映自身はそっちの知識があまりなかったので詳しくは分からないが、空母が日本にはない事くらいは理解している

あんな物戦争以外に何に使うのだろうと考えるが、答えなどでる訳がない


「漏るです」

つい立ち止まり考え混んでしまった夕映だが、尿意を我慢していたのを思い出し慌ててトイレを探し駆け込んでいく



「海は気持ちええな~」

「お嬢様はお屋敷から出る事が滅多にありませんでしたからね」

「なんか私の周りってお金持ちばっかりね。 木乃香といいいいんちょといい横島さんといい……」

一方船上では木乃香達が海を楽しんでいた

育った環境から海が珍しい木乃香は、船に乗った経験も少なく嬉しいようだ

刹那はそんな木乃香の環境に僅かに同情するが、明日菜は周りの人の金持ち度合いがハンパない事に微妙に疲れを感じていた


「俺は貧乏人だって。 そもそもここのアジトも中身も元々は全部他人の物だ。 いろいろあって預かってるだけだしな」

明日菜の遠い世界の人を見るような視線に、横島は苦笑いを浮かべて否定する

実際に横島がここに持ち込んだのは、アパートにあった僅かな私物だけだった

持ち主達はとっくに亡くなっているし生き残ったメンバーに未来と共に託した物なのだが、横島としては預かってるという意識が強い
 
 
「説得力ないですよ。 私なんか学園長に学費借りてやっと学校に通ってるのに……」

「俺も高校時代はバイトしてギリギリの生活だったよ。 成績も赤点ばっかりだったしな~」

ちょっと羨ましそうな明日菜に横島は高校時代の話を僅かにするが、明日菜は半信半疑だった

以前に似たような話を聞いた木乃香や刹那ですらイマイチ実感が持てない過去の横島に、明日菜が実感を持てるはずがなかった


「バイトきついなら俺が雇ってやろうか? 助手みたいな形でさ。 特に仕事がある訳じゃないから雑用ばっかりになるけど」

中学生で新聞配達をする明日菜の環境が、横島は以前から少し気になっている

昔の横島ほど貧乏ではないのだろうが、学校へ行きながら働くのが肉体的にも精神的にも楽じゃないのはよく理解していた

横島としては特に人手が必要な訳ではないが、仕事の斡旋が出来ない訳ではない

と言ってもハニワ兵にさせてる仕事の何かを明日菜に割り振るだけだが……


「えっ!? ……ちょっと考えさせてください」

横島の話に明日菜は少し考え込むが答えは出なかった

現状でも横島宅やアジトでの食費は横島持ちだし、実は最近木乃香達がアジトの食材を寮に持ち帰ってるために明日菜の食費はかなり浮いていたのだ

明日菜としては横島がお金持ちだからと言ってあまり頼るのも嫌なので、誘いにすぐには答えが出なかったのである


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