その二

その頃、麻帆良には雨が降っていた

朝からどんよりとした曇り空ではあったが、とうとう夕方になり雨が降り出している


「あら、行き倒れよ夏美」

学校からの帰宅途中だった千鶴と夏美は、偶然気絶した一匹の犬を発見していた


「ちづ姉、ばっちくない?」

「この子怪我してるわ」

気絶している犬を優しく抱き上げた千鶴は、放っておく事も出来ずにその犬を保護してしまう

それが彼女達の日常を変える出会いである事に、この時気付く者は居なかった



「浸入したか……」

同じ頃、土偶羅は麻帆良に浸入したある者を監視している

麻帆良近郊での未確認魔族の戦闘を、土偶羅が見逃すはずがないのだ

横島自身いつ神魔に狙われてもおかしくないため、周囲の警戒は怠る事はなかった


「仲間割れか? 罠か? 魔族も浸入して来るな」

先程まで魔族と戦った相手を見ていた土偶羅は、浸入者を保護した千鶴達を監視しつつ魔族の動向に注意を払っている

魔族がそのまま麻帆良から去ればそれでいいが、浸入したならば警戒を強化する必要があった


「狙いは横島か? 蟠桃か?」

麻帆良近郊で不用意に戦闘をした魔族が麻帆良の結界内に浸入した事で、土偶羅はその目的を探っていく

目的が横島ならば速やかに排除しなければならないが、蟠桃や関東魔法協会ならば土偶羅が手を出す対象でない


「横島を相手にするには弱すぎるのだが……」

オカルトが隠匿されたこの世界では珍しいほど、麻帆良には土偶羅が監視する対象は複数存在する

横島は特に何も言わないが、土偶羅はずっと横島の周囲を密かに監視していた

監視対象が横島に敵対するとは限らないが、いつ何が起こってもいいように土偶羅は常に細心の注意を払っている

かつて横島が世界の終わりまで生き残った影には、この土偶羅の存在もまた大きかったのだ


「まずいな…… あの二人巻き込まれる」

魔族の目的は不明だが、使い魔らしきスライムが先程戦った相手を探し始めた事に土偶羅の表情が険しくなる

魔族の実力や正体は不明だが、魔族は人間を何とも思わないのが普通だし巻き込まれた以上無事に帰る事は難しい

事態の深刻さに土偶羅は、すぐに霊動シュミレーションから横島を呼び出す
 
 
 
「あいつは京都の時の……」

メインコントロールルームで土偶羅に状況の説明を受けた横島だが、最初に浸入した者が京都で戦った相手だと気付く


一方犬を保護した千鶴達は、自分達の部屋へ連れ帰っていた


「連れて来てよかったの? この子ノラだよ」

「見ちゃった以上仕方ないでしょう? ほっとけないわ」

野良犬を保護していいのか尋ねる夏美に、千鶴は仕方ないと言う

元々の性格もあり、困った存在や傷ついた存在を見過ごせないようである

そんな二人が雨で濡れた犬の手当を始めようとした時、突然犬が消えて同じ場所には裸の少年が眠っていた


「キャー!」

突然犬が消えて裸の少年が現れた事に驚き慌てる夏美だが、千鶴は驚きながらもその状況を受け止めていた


「さっきのワンちゃんがこの子になったのかしらねぇ」

「まさか……」

突然の有り得ない現状にも関わらず、千鶴は冷静に状況を考えている

現実的に有り得ないが、犬が少年になったと考えてしまうほど状況は奇妙だった

音も無く一瞬目を離した隙に犬と少年を入れ替えるなど、どう考えても不可能なのだ

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